黒い月の世界
本文約31,400字 ・ 読了時間 約63分
あらすじ(AIが作成しました)
ハワイ島のマウナ・ロア火山は、数千万年にわたる海底噴火を経て海面に姿を現した。山頂付近は生命のいない黒い熔岩に覆われ、その特異な景観は「黒い月の世界」と形容される。著者である中谷宇吉郎は、地球創成の面影を残すこの高山で、二カ月にわたり雪の観測と調査を行う。熔岩の洞窟や噴火孔の色彩など、人界を離れた荒野の妖しい美しさを綴り、過酷な自然環境下での研究生活と観測の記録を収める。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
💰 この本を応援する(投げ銭)
地球創成の面影
遠い遠い昔のこと、もちろん人間などまだ地球上に現れなかった時代、おそらく数千万年もの大昔に、太平洋の深海の底に、大きい亀裂がはいった。
その亀裂は、現在のハワイ群島の東方に始まり、それからずっと西方に伸びて、ミッドウェイ島を通り、日本の南方近くにまで達した。そしてその亀裂に沿って、海底のずっと下にある熔岩が、ところどころから噴き出してきた。
これらは深海の底にできた火山であって、噴火の時は、もの凄い景観を呈したことであろう。ハワイの付近は、現在は約二万フィートの深海である。この二万フィートの海の底から、千数百度の熔岩が、恐ろしい勢いで噴き出してくる。大洋の水は、沸き立って、水蒸気はもうもうと天空を蔽い、熔岩のしぶきが真赤にその中を彩ったことであろう。まさに天地晦冥の大景観であったにちがいない。原子爆弾の水底爆発など、これと比べては、玩具のようなものである。
こういう海底噴火は、現地質時代でも時々発生するので、先年の明神礁の噴火などが、その良い例である。しかしこの種の海底火山は、たいていの場合、すぐ島の生成にまでは発展しない。明神礁の時もそうであったが、あのものすさまじい噴煙と水柱との蔭に、間もなく黒い岩礁が少しばかり海面から頭を出したのも束の間、やがて噴火がおさまると、この岩礁もまた間もなく水面から姿を没してしまった。
今日のハワイ群島は、大小数十の島から成り、そのうちの比較的大きいものだけでも、八つの島がある。これらの群島は、いずれも太平洋の底にできた地殻の割れ目に沿って、噴火してきたものであるが、一気に島ができたのではない。数千万年か数百万年かの長い年代にわたって、何回もの海底噴火があり、水面下でなんべんも起伏をくり返しながら、やがて海面にその姿を現わしてきたのである。そしてたくさんあるハワイの火山の中には、現在でも、この地球創成の面影を残している火山がある。それはハワイ島にあるマウナ・ロア火山である。