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TORENDIA

嘘アつかねえ

本文約12,500字 ・ 読了時間 約25分

あらすじ(AIが作成しました)

浅草の横丁にある屋台「やなぎ屋」を舞台に、そこへ集う人々を描く。店主の老人は客と決して会話を交わさず、煮込みとかん酒を提供する。訪れる客はみな、生きることの虚しさや絶望、悲哀を背負った孤独な者ばかりである。常連の信吉は、この寂れた場所で自分と似たような重苦しい影を抱える男たちと遭遇し、酒を酌み交わす。社会の底辺で生きる彼らの、不器用で切実な対話と交流を通じて、人生のやるせなさと救いを浮き彫りにする。

山本周五郎

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浅草の馬道を吉原土堤のほうへいって、つきあたる二丁ばかり手前の右に、山の宿へと続く狭い横丁があった。付近には猿若町とか浅草寺とか新吉原など、遊興歓楽の地が多いので、そのあたりは全般的に活気もあり、家数こそ少ないがかなり繁華でもあった。……しかしその横丁だけはまるで違う。狭いうねくねした道は昼間でも殆んど人通りがないし、両側の家は軒が低く、おそろしく古ぼけて、片方へ傾いだり前へのめりそうになったりして、五六軒ぐらいずつ途切れ途切れに並んでいる。その途切れたところは草の生えた空地だの、塵芥捨て場だの、汚ならしい水溜りだの、家を取壊した跡だの、また気紛れに作りかけたまま放りだしたような畑だのになっていて、ぜんたいがじめじめと暗い、陰気くさい、ひどくうらさびれた眺めであった。

この横丁の馬道からはいった左側の空地に、夜になると「やなぎ屋」という袖行燈を掛けて、煮込みかん酒を売る店が出た。夕方になると六十五六になる爺さんが車屋台を曳いて来て、葭簾で三方を囲い、腰掛けを二つ並べて商売を始める。夜が明けると片づけて、車屋台を曳いて帰ってゆく。どこに住んでいるのか、いつ頃からそこへ店を出しているのか、どんな身の上か、家族があるかないか、すべてわからない。爺さんも話さないし尋ねる客もない。……客はただ「爺さん」とか「とッさん」とか「おやじ」などと呼ぶだけだし、爺さんのほうは殆んど口をきかない。実際には腰は曲ってはいないのだが、腰の曲っているようなたどたどしい動作で、酒の燗をしたり、鍋の下を煽いだり、煮込みを皿へつけたり、箸や盃を洗ったり、絶えずなにかかにかしているが、それはできるだけ客と話すことを避けているようにみえる。そして事実そのとおりであって、諄い客などが相当しツこく話しかけても、ほんのおあいそに返辞をするくらいで、身を入れて聞くとか自分から話しだすなどということは決してなかった。

信吉はうらぶれたような気持になると、よくその「やなぎ屋」へいって酒を飲んだ。

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