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TORENDIA

青べか日記

本文約37,100字 ・ 読了時間 約75分

あらすじ(AIが作成しました)

昭和初期、浦安町で苦しい生活を送る一人の男の日常を綴る日記。執筆による生計の苦しさや貧困に翻弄されながらも、盆踊りに興じる町の人々の姿に祝福を送り、自身の力で困苦を乗り越えようと奮闘する。婚約や病、人間関係の悩み、折々の自然の移ろいなど、作家として自立を試みる日々の葛藤や情景を描き出す。やがて浦安を離れる決意を固めるまでの、孤独と再生の記録を収める。

山本周五郎

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しっかりしろ三十六、貴様は挫けるのか、世間の奴等に万歳を叫ばし度いのか、元気を出せ、貴様は選ばれた男だぞ、そして確りとその両の足で立上って困苦や窮乏を迎えろ、貴様にはその力があるんだぞ、忘れるな、自分を尚べ大事にしろ。そして、さあ、笑え。

二五八八年=昭和三年=二五歳(在浦安町)

今日は堀の薬師さまの縁日であった。高梨夫妻が誘いに来たので出掛けた。あの留さんも一緒だった。縁日は大変に賑やかだった、娘達が大胆である、驚いて了った。十五位の身重の少女を見た。弟と「きく」とに手紙を書いた。石井に「彼等は踊る」に就いて烈しい非難の手紙を書きかけたが止めた。どうなるものではない。神の御心のままに任せよう。此の間に「津」の母親の死があった。遂に空しい望みを抱いたまま、哀れな母は死んだ。「津」は正に詐欺である。今は十時過ぎである、盆踊りの唄を歌って通る若者や娘達が絶えない。彼等の一年に一度の「解放」されたチャンスに祝福あれ。よき眠りがあるだろう、静子よ、末子と余を守ってお呉れ。(二五八八・八・一二)

二日間日記を休んだ。一昨日は末子の家を訪ねた。彼女はもう知っているらしい。非常に懐かし気な眸で余を見守っていた。殆んどもう婚約は出来た。しっかりやろうぞ。「秋風記」プランを立てているがうまくゆかぬ。少し今日は憂鬱である。今夜は夜明かしで土地の盆踊りをみる積り。をも来る筈、今は夕刻である。

盆踊りを見て来た。踊りには一定の「振」はない。ただ男と女とが密接して環をなし、躰を揉み合うようにして廻り乍ら唄うのである。唄には独特なものはなく、然も三種位の節があって、「環」毎に節が異なっている。殊に面白いのは娘共が大変に元気で、音頭取りをやっていることである。非常にワイルドで、また極めて肉感的である、情欲そのままである。月はない、娘達も若者達も全く何のこだわりもない、解放されている。露深い草地に営まれるであろう彼等の愛に祝福があるように。さて寝よう。末子よ卿によき夢があるだろう。(八、一五)

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