武道宵節句
本文約8,300字 ・ 読了時間 約17分
あらすじ(AIが作成しました)
窮乏生活を送る三樹八郎と妹の加代は、自害を覚悟して最期の晩餐を整えていた。その矢先、若侍の山県銀之丞が暴漢に襲われる現場へ遭遇した八郎は、優れた剣術で彼を救出する。銀之丞は家宝の短刀を奪った剣客を追う旅の途上であり、八郎の協力によって奪われた妹を救い出し、無事本懐を遂げる。後日、銀之丞からの謝礼と推挙の約束を受けた八郎は、絶望の淵から一転して新たな希望を抱き、妹と共にこれからの人生を切り拓く決意を新たにする。
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一
――飢えて窮死するとも、金一両はかならず肌に着けおくべし。武士の嗜なり。
父は生前よくそういっていた。三樹八郎はいま、金一両と四、五枚の銭を手にして、父の言葉を思出しながら我知らず太息をついた。
――渇しても盗泉の水は汲まず、貧にして餓死するはむしろ武士の本懐なり。
これも父の言葉である、だからこの家では、どんな困ったことがあっても、太息をつくなどということはかつてなかった。――厨でことこと俎の音をさせていた妹の加代は、珍しい兄の太息を聞いて、
「お兄さま、どうか遊ばしまして?」
と声をかけた。
「うん? いやなんでもない、腹が空いたので御馳走を待兼ねているところだ」
「まあいや、……この膾ができるとすぐですわ、もうしばらく我慢をあそばせ」
「ではお雛様へ燈でもあげるか」
三樹八郎は金を納って立上った。ひどい貧乏の中にたった一組だけ残った内裏雛と、橘、桜、雪洞が二つという、淋しい雛壇に燈を入れる、――昔を思うと夢のようだ。七百石御槍奉行まで勤めた家柄とて、十五畳の間を半ば占めた豪華な雛壇、近親知友を集めて宵節句を祝った当時に比べると、本当に夢のような変りようである。
兄妹の父村松将太夫が、老職と意見の衝突をして小笠原志摩守を退身してから十五年、二君に見えずと云って清貧のうちに父は死し、母も五年以前に父を追って逝った――それから今日まで、三樹八郎は兄妹の運命を開拓するために、寝食を忘れて活躍してきたが、梶派一刀流免許皆伝の腕前も、仕官の途がなくては役に立たず、
――まあ、どうにかなるだろう。
いくら急いでも相手のない相撲は取れぬと、父とは反対にしごくのんびりとかまえていたが、ついにどうにもならず今宵に及んだ。――言葉どおり、実際もうどうにもならぬのだ、今夜は雛祭りの宵節句で、少しばかりの馳走を調えたが、それは兄妹の最期の晩餐のつもりである。夜半になったら、妹を刺し、自分も屠腹して潔く世を辞そうと覚悟していた。
「はい、お待遠さまでした」
加代が支度のできた食膳を運んできた。