その人
本文約14,800字 ・ 読了時間 約30分
あらすじ(AIが作成しました)
服役中の私は、元の工場の担当である看守の元へ戻されたことに当初は苦痛を感じていた。しかし、不器用で仕事も滞る私に対し、その看守は手を添えて麻を綯う方法を教えるなど、根気強く世話を焼く。次第に私は看守の存在を頼みにし、その慈愛を感じるようになる。日々の労働や出所を待ちわびる焦燥、そして看守との交流を通じ、孤独な収容生活の中で揺れ動く私の内面と看守との心理的な距離を描く。
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連れられてきた私を見てその人は云った。
「なんだ、またかえってきたのか。いくじなしめ。」
私はその時鈍く笑っただろうか。その人が言葉をかけてくれたのには、それでホッとする気持があったのだ。かえりたくないところへかえされた、私はそうした心でいた。
私は中ほどの場所に仕事の席をあてがわれた。私のすぐうしろのへんにはさきの日の馴染みの者達がいた。皆なにかと私に話しかけた。舎房もきっと一緒になることだろうと云ってくれた。さすがに私もしたしみを引き出されたが、でも気持はなじめなかった。みじめな気持を持ちつづけたまま、ただ仕事の手を動かしていた。……私はかえりたくないところへかえされてしまったのだ。その前日、よそへ移されるという、また元のところへゆくのだともいう話を聞いて、元のとこへはかえされたくないと思った。かつていたあの空気の中へは、(そこではみんながここよりも減った量の飯を食べている)……あの人の顔の下へまたまいもどるのは嫌だった。無性に嫌だった。けれど私はかえされてしまったのだ。
御飯の時、役目の者が配る飯を抱えている箱の中に突きの小さいのを見、私は悲しい腹立たしい気持で見た。それまでいたとこではもっと沢山だということを私は仲間に話したりなどした。
と、「厭々やっているようだな。」その人の咎める声がした。そしてその人は足早に私のとこへきた。私はべそをかいた、幾分ふてくされた感じだったのだ。
「フーン、これだけやったのか。」
その人はゆるめた口調で云った。私のそばに屈みこみ、私の顔を覗いて。私は少しくやけな気持で余念なかったので、いくらか仕事がはかどっていたのだ。
「もっとまめに手を動かすんだよ。」
そう云ってその人は手づからやって見せた。その人の手は大きかった。その手は手早く麻を綯っていった。私より巧みであった。私はねんごろなものの伝わってくるのを覚えた。私はその人の躯を身近かに感じ、女々しい感情に催された。
舎房はやはり仲間の云ったとおりだった。私は知らぬ顔の中に新しくまじる心細さを味わずにすんだ。