遁走
本文約8,100字 ・ 読了時間 約17分
あらすじ(AIが作成しました)
中学校の幾何の授業に対する恐怖から家出を繰り返した少年時代と、大人になってからの家出の軌跡を綴る。教師への恐れを抱く少年は、仮病を使い、行き先も決めずに汽車に乗る。見知らぬ家庭に救われたり、憧れの人を追って無一文で旅に出たりと、放浪を重ねる主人公。やがて二十四歳になった彼は、成田から銚子、水戸へと足を向け、夜の街で警察の臨検を受ける。自身の内に潜む逃避の衝動と、その時々の記憶を回想の形で描く。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
💰 この本を応援する(投げ銭)
私は中学校の三年生のとき、家出をしたことがある。原因はいまだから話すが、幾何の宿題をなまけて、先生から叱られるのが恐かったからである。
私の学校の幾何を担任していた先生は、とても恐かった。まだ若い人だったが。独身だったか、妻帯していたか、そんなことはわからない。いま想像してみても、どちらとも見当はつかない。独身であったかも知れないし、あるいは妻帯していたかも知れない。色黒で、痩せていて、目が光っていた。神経質の方だろうな。そう、一寸フィリッピン人のような感じがした。
私はいまでも、あの先生がどうしてあんなに怒ったのか、わからない。察しがつかない。問題を当てられても解けず、黒板の前で立往生をしていると、また宿題をやって来なかったのがばれたりすると、先生は怒った。その怒り方は実に恐かった。怒るばかりでなく、生徒の頭をこづいたような気もする。なにしろ恐かった。なにもあんなにまで怒らなくとも、いいのではなかろうか。ともかく、生徒に対してあんな風に怒り、そして叱った先生の心理は、私にはどうにも見当がつかない。あれは少し異常ではなかろうか。それとも、そんなにまで先生を恐怖した私の方が異常だったのだろうか。明日幾何の授業があるという前日は、私は憂鬱でかなわなかった。私が憂鬱という感情をしみじみ実感したのは、私の人生に於ては、このときが最初ではないかと思う。
月曜日には幾何の授業があった。私は朝飯の途中で、茶碗と箸を膳の上に置き、顔を顰めて、母に訴える。
「おなかが痛いよ。」
「お前またきのう蜂蜜を呑んだんだろう?」
「うん。」と私はいかにもしおしおとした顔つきをしてうなずく。
「だから、もう呑んじゃいけないって、あれほど云ったじゃないか。」