乞食
本文約4,800字 ・ 読了時間 約10分
あらすじ(AIが作成しました)
夜の街道で、荷馬車の下敷きになった馬子に救助を求められた老いた乞食は、必死で馬子を助けようとする。馬の力では事態が好転せず、乞食は助けを求めて馬子の家へ走る。しかし、不審者として門前払いをされ、銃を突きつけられた乞食は一度は絶望する。引き返した場所で馬子がすでに息絶えていることを確認した乞食は、激しい憤りとともに再び家を訪れ、残酷な一言を告げてその場を立ち去る。
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夜は刻々に暗くなってゆく。
一人の老ぼれた乞食が、道ばたの溝のところに立ちどまって、この一夜を野宿すべき恰好な場所を物色している。
彼はやがて、一枚のあんぺらにくるまって身を横えると、小さな包みをば枕代りに頭の下へ押しこんだ。そのあんぺらは彼にとって殆んど外套の代用をなしているものであるし、またその包みは年中杖の尖にぶらさげて持ちあるいているのである。
彼は飢と疲れでがっくりと仰臥になったまま、暗い蒼穹にきらめく星屑をうち眺めた。
街道は森閑と茂った森にそうていて、人っ子一人通らない。鳥はみな塒にかえってしまった。向うの村は大きなどす黒い汚点のように見えている。老乞食はこうした寂しい場所にじっと寝ころんでいると、何だか悲しくなって来て、喉に大きな塊りがこみあげて来るのであった。
彼はまるっきり両親というものを知らない。元来捨て児だったのを、或る百姓に拾われて暫く育てられたが、また捨てられてしまった。それで、子供の時分から路傍に物乞いして辛と生命をつないできた彼は、生きてゆくことの辛苦を厭というほど嘗めさせられたのである。それに、日蔭ばかりをくぐって来たものだから、世の中については悲惨ということの外には何も知らない。長い冬の夜は、水車場の軒下で明かすのだ。彼には、物乞いをする恥と、むしろ死にたいという望み――再び醒めざる眠りにおちたら如何に楽だろうという憬れがあるだけで、その外に何の考えとてもない。
世間のすべての人が彼に対して情なくも疑りぶかいのだが、一等困るのは、皆んなが彼を怖がっているらしく思われることである。村の子供等は彼の姿を見ると逃げ隠れるし、犬どもは彼の汚いぼろ服に吠えつく。
それにも拘らず、彼は他人に対して悪意というものを持ったことがない。貧苦のために痴鈍になったとはいうものの、元来樸訥で優しい気象を彼はもっているのである。