本文へ移動
TORENDIA

十時五十分の急行

本文約4,100字 ・ 読了時間 約9分

あらすじ(AIが作成しました)

マルセイユへ向かう急行列車に乗ろうとする主人公に、元鉄道員の男がその列車に乗ることを強く制止する。男は千八百九十四年に自身が運転した列車で発生した大惨事の経験を語り始める。嵐の中、落雷により機関士である自分は全身不随となり、火夫も失ったまま列車が暴走する状況下で、衝突という破滅へ向かう恐怖と絶望の極限状態を描く。

モーリス・ルヴェル Maurice Level

速度
🎧 十時五十分の急行 / 朗読音声: VOICEVOX:波音リツ

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 5

「今日お発ちだそうですね、ムッシュウ」

と跛の男が私に問いかけた。

「ああ、月曜の朝にマルセイユへついていないと、都合がわるいからね。十時五十分の急行でリオン停車場から発とうと思っている。あの急行がいいよ。だが鉄道のことは君の方が詳しいわけなんだね、君は病気になる前までP・L・M(巴里・リオン・地中海鉄道会社)に勤ていたそうだから」

すると彼は眼を閉じたが、急に顔が蒼ざめて来て、

「ええ、知っていますとも。知り過ぎるほど知っています」

眼瞼の下に涙さえうかべて、ちょっと黙りこんでから附け加えた。

「あの列車のことなら、私以上に詳しい者がありますまい」

もうその職業にかえれなくなったことを悲観しているらしいので、私は思わず同情していった。

「面白い仕事だったろうね。何しろ頭の要る結構な仕事だ」

彼は身ぶるいした。不随になったその体がはげしく引きつり、そして眼には或る恐怖の色をうかべながら、

「大違いですよ、ムッシュウ。結構どころか、恐ろしい生命がけの仕事なんです。思いだしてさえ慄然として魘されるくらいです。余計なおせっかいをするようだが、あの列車だけはお止めなさい。他の列車ならどれにお乗りになろうと介意いませんがね、あの十時五十分の急行だけはお止めなさい」

「何故」私は笑いながらいった。「君は迷信家なんだね」

「迷信じゃありませんが、千八百九十四年の七月二十四日の大惨事のときに、私は恰度あの列車を運転していたのです。そのお話をするとよくお解りになりましょう。

その日、私達は定刻にリオン停車場を発て、約三時間駛りました。馬鹿に熱くるしい日で、速力のはやいにも拘らず、汽鑵台へ来る風が息づまるようでした。それに大気が妙に重く、蒸暑くて、今にもあらしがやって来そうな気勢でした。

空が、突然電燈を消したように真暗になって、星影一つありませんでした。月も隠れて、ときどき凄い稲妻がぴかりと来たかと思うと、そのあとがインキを流したような真の闇です。

私は火夫へ声をかけました。

『どうしたって逃れっこはないね。今に豪雨が来るぜ』

モーリス・ルヴェル Maurice Levelの他の作品

🎧
蕩児ミロン
モーリス・ルヴェル Maurice Level ・ 約15分
🎧
生さぬ児
モーリス・ルヴェル Maurice Level ・ 約15分
🎧
二人の母親
モーリス・ルヴェル Maurice Level ・ 約9分
🎧
見開いた眼
モーリス・ルヴェル Maurice Level ・ 約10分
🎧
麦畑
モーリス・ルヴェル Maurice Level ・ 約10分
🎧
闇と寂寞
モーリス・ルヴェル Maurice Level ・ 約11分
🎧
老嬢と猫
モーリス・ルヴェル Maurice Level ・ 約18分
🎧
ピストルの蠱惑
モーリス・ルヴェル Maurice Level ・ 約11分
🎧
フェリシテ
モーリス・ルヴェル Maurice Level ・ 約11分
ラ・ベル・フィユ号の奇妙な航海
モーリス・ルヴェル Maurice Level
🎧
麻酔剤
モーリス・ルヴェル Maurice Level ・ 約12分
🎧
幻想
モーリス・ルヴェル Maurice Level ・ 約16分

同じジャンルの朗読つきの本