暗中の接吻
本文約4,300字 ・ 読了時間 約9分
あらすじ(AIが作成しました)
かつて硫酸で視力を奪われた男は、自身の顔を醜く変えた元恋人を自宅へ招き入れる。男は裁判で彼女の放免を願い出た寛容な態度を示し、恐怖におののく彼女に優しく接する。しかし、男の目的はかつての愛を確かめることではなく、彼女に自らと同じ苦しみを与えることであった。暗闇の中、男は隠し持っていた硫酸を彼女の顔へ浴びせ、かつて自分が行ったように彼女の視力と容貌を奪い去ることで、二人を等しい姿へと変える。
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「御免なさい……御免なさい……」
女は膝まずいて哀願していた。男は少しやさしい口調になって、
「起ちなさい、もう泣かんでもいい。おれにも欠点があったんだからな」
「いいえ、貴郎、飛んでもない……」
女が口ごもりながらいうと、男は首をふって、
「お前と別れたのが悪かったんだよ。お前はおれを愛していたのだからね。尤も、おれだって初めはこんな風に考える余裕もなかったさ。あの当座、硫酸で顔を灼かれた痛みがひどくて、それから盲になって、おれの一生は恐怖と死のほかに何にもないということが初めてわかった時分は、今とは似ても似つかぬ考えに囚われていたんだ。誰だってああした苦しみの最中には、急にあきらめがつきやしないからな。だが盲になって不断の闇に閉されると、眠っている人のように、却って物事がはっきりと見えて来て、気が静まるものだよ。この頃おれは肉眼が見えない代りに、心眼で物を見るようになった。おれたちが住まっていたあの家が見える。昔の平和な日が、お前の笑顔が、眼前にちらつく。そうかと思うと、別れた晩のお前の寂しそうな顔が見える。裁判官はああした事情を知らないものだから、ただお前がおれをこんな不具者にしたという点に重きをおいたんだね。だから、おれは法廷へ出て詳しく説明をしたのだよ。裁判官は無論お前を禁錮にするつもりだった。そうするとお前は、何処ぞの監獄でじりじりと老い朽ちる外はなかったんだ。しかしお前を何年牢に入れたって、おれの視力はかえって来やしない。ところで、おれが証人席についたとき、お前はびくびくものだったろう。おれがきっとお前の罪状を洗いざらい申し立てて、こっ酷くやっつけはしないかと思ってね。だが、おれにはそんなことは出来ないんだ」
女は両手に顔をうずめて、涙にむせびながら、
「貴郎は何てやさしい方でしょうね」
「おれは公平だよ」
彼女は歔欷あげながら言葉をついだ。