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TORENDIA

文放古

本文約4,100字 ・ 読了時間 約9分

あらすじ(AIが作成しました)

日比谷公園で拾われた一枚の手紙を軸に、地方都市で退屈な日々を送る若い女性の苦悩と、それに対する芥川龍之介の批評的な視点を描く。教養を持ちながら自活の術を持たない女性は、周囲が求める結婚に対し、自身の評価を貫こうとする。文学がこの苦境を解決する指針を示さないことへの不満を綴る手紙を読み、作者は彼女を軽蔑しつつも、やがて平凡な主婦へと埋没していくであろう彼女の将来に、自身の夢を重ねて同情的な眼差しを向ける。

芥川龍之介

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🎧 文放古 / 朗読音声: VOICEVOX:青山龍星

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これは日比谷公園のベンチの下に落ちていた西洋紙に何枚かの文放古である。わたしはこの文放古を拾った時、わたし自身のポケットから落ちたものとばかり思っていた。が、後に出して見ると、誰か若い女へよこした、やはり誰か若い女の手紙だったことを発見した。わたしのこう云う文放古に好奇心を感じたのは勿論である。のみならず偶然目についた箇所は余人は知らずわたし自身には見逃しのならぬ一行だった。――

「芥川龍之介と来た日には大莫迦だわ。」!

わたしはある批評家の云ったように、わたしの「作家的完成を棒にふるほど懐疑的」である。就中わたし自身の愚には誰よりも一層懐疑的である。「芥川龍之介と来た日には大莫迦だわ!」何と云うお転婆らしい放言であろう。わたしは心頭に発した怒火を一生懸命に抑えながら、とにかく一応は彼女の論拠に点検を加えようと決心した。下に掲げるのはこの文放古を一字も改めずに写したものである。

「……あたしの生活の退屈さ加減はお話にも何にもならないくらいよ。何しろ九州の片田舎でしょう。芝居はなし、展覧会はなし、(あなたは春陽会へいらしって? 入らしったら、今度知らせて頂戴。あたしは何だか去年よりもずっと好さそうな気がしているの)音楽会はなし、講演会はなし、どこへ行って見るってところもない始末なのよ。おまけにこの市の智識階級はやっと徳富蘆花程度なのね。きのうも女学校の時のお友達に会ったら、今時分やっと有島武郎を発見した話をするんじゃないの? そりゃあなた、情ないものよ。だからあたしも世間並みに、裁縫をしたり、割烹をやったり、妹の使うオルガンを弾いたり、一度読んだ本を読み返したり、家にばかりぼんやり暮らしているの。まああなたの言葉を借りればアンニュイそれ自身のような生活だわね。

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