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TORENDIA

鼠小僧次郎吉

本文約12,300字 ・ 読了時間 約25分

あらすじ(AIが作成しました)

初秋の日暮れ、汐留の船宿でかつて江戸を離れた男と博奕打が酒を酌み交わす。二人は巷で語られる盗賊・鼠小僧の噂に興じ、伝説的な義賊としての心意気について語り合う。その後、男は三年前に甲州街道で自身が遭遇した、鼠小僧を騙る男との滑稽な騒動を振り返る。語り終えた男は、かつて噂された鼠小僧の正体こそが自分自身であると明かし、その場に緊張と静寂を呼び起こす。本作は、鼠小僧の噂を軸に江戸の男たちの交情と虚実を描く物語である。

芥川龍之介

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一

或初秋の日暮であつた。

汐留の船宿、伊豆屋の表二階には、遊び人らしい二人の男が、さつきから差し向ひで、頻に献酬を重ねてゐた。

一人は色の浅黒い、小肥りに肥つた男で、形の如く結城の単衣物に、八反の平ぐけを締めたのが、上に羽織つた古渡り唐桟の半天と一しよに、その苦みばしつた男ぶりを、一層いなせに見せてゐる趣があつた。もう一人は色の白い、どちらかと云へば小柄な男だが、手首まで彫つてある剳青が目立つせゐか、糊の落ちた小弁慶の単衣物に算盤珠の三尺をぐるぐる巻きつけたのも、意気と云ふよりは寧ろ凄味のある、自堕落な心もちしか起させなかつた。のみならずこの男は、役者が二三枚落ちると見えて、相手の男を呼びかける時にも、始終親分と云ふ名を用ひてゐた。が、年輩は彼是同じ位らしく、それだけ又世間の親分子分よりも、打ち融けた交情が通つてゐる事は、互に差しつ抑へつする盃の間にも明らかだつた。

初秋の日暮とは云ひながら、向うに見える唐津様の海鼠壁には、まだ赤々と入日がさして、その日を浴びた一株の柳が、こんもりと葉かげを蒸してゐるのも、去つて間がない残暑の思ひ出を新しくするのに十分だつた。だからこの船宿の表二階にも、葭戸こそもう唐紙に変つてゐたが、江戸に未練の残つてゐる夏は、手すりに下つてゐる伊予簾や、何時からか床に掛け残された墨絵の滝の掛物や、或は又二人の間に並べてある膳の水貝や洗ひなどに、まざまざと尽きない名残りを示してゐた。実際往来を一つ隔ててゐる掘割の明るい水の上から、時たま此処に流れて来るそよ風も、微醺を帯びた二人の男には、刷毛先を少し左へ曲げた水髪の鬢を吹かれる度に、涼しいとは感じられるにした所が、毛頭秋らしいうそ寒さを覚えさせるやうな事はないのである。殊に色の白い男の方になると、こればかりは冷たさうな掛守りの銀鎖もちらつく程、思入れ小弁慶の胸をひろげてゐた。

二人は女中まで遠ざけて、暫くは何やら密談に耽つてゐたが、やがてそれも一段落ついたと見えて、色の浅黒い、小肥りに肥つた男は、無造作に猪口を相手に返すと、膝の下の煙草入をとり上げながら、

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