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TORENDIA

おぎん

本文約5,200字 ・ 読了時間 約11分

あらすじ(AIが作成しました)

元和か寛永の昔、長崎の山里村で両親を亡くした童女おぎんは、養父母と共に隠れキリシタンとして信仰を守っていた。ある降誕祭の夜、彼らは役人に捕らえられ牢へ入れられる。拷問にも屈さず信仰を貫く三人だったが、刑場で処刑直前におぎんが教を捨てることを宣言する。亡き両親が地獄にいると知り、一人で天国へ行くことを拒んで両親の跡を追う決心をしたのだった。おぎんに続き養父母も信仰を捨てる道を選び、周囲を驚愕させる受難の物語を描く。

芥川龍之介

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🎧 おぎん / 朗読音声: VOICEVOX:波音リツ

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元和か、寛永か、とにかく遠い昔である。

天主のおん教を奉ずるものは、その頃でももう見つかり次第、火炙りや磔に遇わされていた。しかし迫害が烈しいだけに、「万事にかない給うおん主」も、その頃は一層この国の宗徒に、あらたかな御加護を加えられたらしい。長崎あたりの村々には、時々日の暮の光と一しょに、天使や聖徒の見舞う事があった。現にあのさん・じょあん・ばちすたさえ、一度などは浦上の宗徒みげる弥兵衛の水車小屋に、姿を現したと伝えられている。と同時に悪魔もまた宗徒の精進を妨げるため、あるいは見慣れぬ黒人となり、あるいは舶来の草花となり、あるいは網代の乗物となり、しばしば同じ村々に出没した。夜昼さえ分たぬ土の牢に、みげる弥兵衛を苦しめた鼠も、実は悪魔の変化だったそうである。弥兵衛は元和八年の秋、十一人の宗徒と火炙りになった。――その元和か、寛永か、とにかく遠い昔である。

やはり浦上の山里村に、おぎんと云う童女が住んでいた。おぎんの父母は大阪から、はるばる長崎へ流浪して来た。が、何もし出さない内に、おぎん一人を残したまま、二人とも故人になってしまった。勿論彼等他国ものは、天主のおん教を知るはずはない。彼等の信じたのは仏教である。禅か、法華か、それともまた浄土か、何にもせよ釈迦の教である。ある仏蘭西のジェスウイットによれば、天性奸智に富んだ釈迦は、支那各地を遊歴しながら、阿弥陀と称する仏の道を説いた。その後また日本の国へも、やはり同じ道を教に来た。釈迦の説いた教によれば、我々人間の霊魂は、その罪の軽重深浅に従い、あるいは小鳥となり、あるいは牛となり、あるいはまた樹木となるそうである。のみならず釈迦は生まれる時、彼の母を殺したと云う。釈迦の教の荒誕なのは勿論、釈迦の大悪もまた明白である。(ジアン・クラッセ)しかしおぎんの母親は、前にもちょいと書いた通り、そう云う真実を知るはずはない。彼等は息を引きとった後も、釈迦の教を信じている。寂しい墓原の松のかげに、末は「いんへるの」に堕ちるのも知らず、はかない極楽を夢見ている。

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