樗牛の事
本文約3,500字 ・ 読了時間 約7分
あらすじ(AIが作成しました)
中学生時代に高山樗牛の著作を読んで感傷的な虚偽を感じた筆者は、長年彼を敬遠してきた。しかし、友人との論争を機に改めて著作を繙き、その人間的な苦悩に触れて印象を改める。一方で、かつて墓参で抱いた感動は、再訪時には貧弱な墓への違和感へと変貌していた。本作は、年月を経て変化する対象への眼差しや、文学的評価と個人の記憶の間で揺れ動く筆者の内面を綴る。
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一
中学の三年の時だった。三学期の試験をすませたあとで、休暇中読む本を買いつけの本屋から、何冊だか取りよせたことがある。夏目先生の虞美人草なども、その時その中に交っていたかと思う。が、中でもいちばん大部だったのは、樗牛全集の五冊だった。
自分はそのころから非常な濫読家だったから、一週間の休暇の間に、それらの本を手に任せて読み飛ばした。もちろん樗牛全集の一巻、二巻、四巻などは、読みは読んでもむずかしくって、よく理窟がのみこめなかったのにちがいない。が、三巻や五巻などは、相当の興味をもって、しまいまで読み通すことができたように記憶する。
その時、はじめて樗牛に接した自分は、あの名文からはなはだよくない印象を受けた。というのは、中学生たる自分にとって、どうも樗牛はうそつきだという気がしたのである。
それにはほかにもいろいろ理由があったろうが、今でも覚えているのは、あの「わが袖の記」や何かの美しい文章が、いかにもそらぞらしく感ぜられたことである。あれには樗牛が月夜か何かに、三保の松原の羽衣の松の下へ行って、大いに感慨悲慟するところがあった。あすこを読むと、どうも樗牛は、いい気になって流せる涙を、ふんだんに持ち合わせていたような心もちがする。あるいは持ち合わせていなくっても、文章の上だけでおくめんもなく滂沱の観を呈しえたような心もちがする。その得意になって、泣き落しているところが、はなはだ自分には感心できなかった。人をあざむくか、己をあざむくか、どこかでうそをつかなければ、とうていああおおげさには、おいおい泣けるわけのものじゃない。――そこで、自分は一も二もなく樗牛をうそつきだときめてしまったのである。だからそれ以来、二度とあの「わが袖の記」や何かを読もうと思ったことはない。