旗本退屈男
本文約39,700字 ・ 読了時間 約80分
あらすじ(AIが作成しました)
画家の篠原梅甫は、かつて生き埋めの井戸があった場所に住まいを構える。ある日、妻の小芳が正体不明の白い影に脅かされたことを機に、不可解な出来事に直面する。一方、旗本・早乙女主水之介は、妹の菊路や仲間たちと共に、悪徳な権力者による所業を突き止めるべく行動を開始する。物語は、江戸の町を舞台に、幽霊騒動や隠された陰謀を軸に展開し、主水之介が将軍綱吉と対峙して不正を正し、天下の安寧と平穏を取り戻すまでを描く。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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一
その第十一話です。少し長物語です。
神田明神の裏手、江戸ッ児が自慢のご明神様だが、あの裏手は、地つづきと言っていい湯島天神へかけて、あんまり賑やかなところではない。藤堂家の大きな屋敷があって、内藤豊後守の屋敷があって、ちょっぴりとその真中へ狭まった町家のうちに、円山派の画描き篠原梅甫の住いがある。
大していい腕ではないが、妻女の小芳というのがつい近頃まで吉原で明石と名乗った遊女あがりで、ちょっと別嬪、これが町内での評判でした。
そのほかに今一つ、世間町内の評判になっているものがある。住いの庭にある生き埋めの井戸というのがそれです。
勿論この住いは、篠原梅甫が今の妻女の小芳を吉原から身請したとき、場所が閑静なのと、構えの洒落ている割に値が安かったところから買い取ったものだが、安いというのも実はその生き埋めの井戸というあまりぞッとしない景物があったからのことでした。その井戸のある場所がまた変なところで、玄関の丁度右、寒竹が植わって、今は全く井戸の形も影もないが、人の噂によると、昔、ここは神谷なにがしというお旗本の下屋敷で、その某の弟君というのが狂気乱心のためにここへ幽閉されていたところ、次第に乱行が募ったため、三河以来の名門の名がけがされるという理由から、むざんなことにもこの井戸へ生き埋めにされたと言うのです。
だから出る。
いいや、出ない。
出たとも。ゆうべも出たぞ。日の暮れ頃だ。あの寒竹の中から、ふんわり白い影が、煙のようにふわふわと歩き出したとかしないとか、噂とりどり。評判もさまざま。
「馬鹿言っちゃいけねえ。惚れた女と一緒になって、むつまじいところを見せてやりゃ、幽霊の方が逃げらあな。それに井戸はもう埋めてあるし、家だって造りは変っておるし、出て来りゃ、おまえとふたりでのろけをきかすのさ。これが二十たア安いもんだ。新世帯にかっこうだぜ」
買って住み出したのが五月のつゆどき。
画はそんなにうまくはないが、篠原梅甫、真似ごとにやっとうのひと手ふた手ぐらいは遣って、なかなかに肝が据っているのです。