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TORENDIA

旗本退屈男

本文約26,200字 ・ 読了時間 約53分

あらすじ(AIが作成しました)

日光へ向かう途上の旗本・早乙女主水之介は、怪しい鳥刺しと、それを叱りつける老神官・沼田正守に出会う。不審な動きを見せる鳥刺しや、領民を虐げ女を攫う領主・大和田十郎次の非道を目の当たりにした主水之介は、老神官と協力して事態の収拾に動く。持ち前の武芸と機転で十郎次を追い詰め、強引に出家・隠居させることで領民を救い出し、一連の騒動を鮮やかに解決して悠然と去っていく様子を描く。

佐々木味津三

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一

――その第八話です。

現れたところは日光。

それにしても全くこんな捉まえどころのない男というものは沢山ない。まるで煙のような男です。仙台から日光と言えば、江戸への道順は道順であるから、物のはずみでふらふらとここへ寄り道したのに不思議はないが、どこで一体あの連中を置き去りにしてしまったものか、仙台を夜立ちする時はたしかにあの江戸隠密達二人と一緒の筈だったのに、日光めざして今市街道に現れたその姿を見ると、お供というのは眉間傷と退屈の虫だけで、影も姿もただのひとり旅でした。その上に着流し雪駄ばき落し差しで、駕籠にも乗らずにふわりふわりと膝栗毛なのです。

だが退屈男だけに、そのふわりふわりの膝栗毛が、何ともかとも言いようのない膝栗毛でした。

「ウフフ……。木があるな」

山道であるから木があったとて不思議はないのに、さもさも珍しげに打ち眺めては、しみじみと感に入りながら、またふわりふわりとやって行くのです。行ったかと思うと、

「雲茫々、山茫々、蕭条として秋深く、道また遙かなり……」

口ずさんでは立ち止まり、立ち止まっては谷をのぞき、のぞいてはまた歩き、歩いてはまた立ち止まって、風のごとく、靄のごとくに、ふわりふわりとさ迷いつつ行くあたり、得も言い難い仙骨が漂って、やはりどことはなしに千二百石直参旗本の気品と気慨の偲ばれる膝栗毛ぶりでした。――行く程に川があって水が見える。大谷川です。その水に夕陽が散って、しいんとしみ入るように山気が冷たく、風もないのにハラハラと紅葉が舞って散って、何とはなしに自ら心よい涙がにじみ流るるようなすてきな晩秋だったが、山気のしんしんと冷える按配、流れの冴えてしみ入るように澄んで見える按配、どうやらあしたの朝は深い霜が降りそうな気配でした。

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