遺言文学
本文約3,500字 ・ 読了時間 約7分
あらすじ(AIが作成しました)
プロレタリア作家である筆者は、階級的情熱を持ちながらも執筆に苦悩する無名の友人Nに対し、死を覚悟した「遺言文学」として作品を書くよう勧める。この言葉はNに過酷な重圧を与えたが、やがて朗読会で披露されたNの渾身の小説は、筆者や他の同志たちの心を激しく打ち、深い感動を呼び起こした。本書は、困難な時代を生き抜くプロレタリア作家たちが、捨て身の精神で真実の文学を追求していく姿を綴る。
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無名作家Nの情熱(上)
プロレタリア作家が、現在、どんなに困難な道を歩いてゐるか、といふ事は、クド/\と述べ立てる必要の無い事であらう。
それにしても、私は、今、一つの話をしないではをれない。
私たちの友人のNは、無名作家である。Aといふ批評家が紹介して、私たちのグループに入つたのだつた。
このNは、もう三十を越してゐるのであるが、体が小さくて細くて、けいれんの発作があつて、その上、視力が、常人の三分の一しか無いのである。視力の不足なのは、幼少の時からの絶えざる栄養不良と、不足から来たのであつた。
炭坑夫をしたり、刑務所の内を潜つたり、しながら、東京へ流れついて、私たちのグループに入つた。体が小さくて、弱い病身ではあるが、火のやうな階級的情熱を持つてゐる。
*
Aでも、Mでも、私でも、借家争議といふ事になると、いつも、このN君を留守番に頼んで、闘つてもらふのが常であつた。
ところが、目的は、プロレタリア作家として、その闘争力を、ペンと紙とを通じて、読者に訴へることにある。だが、この点になると、Nのペンは、心臓の速さに追つつけないのであつた。いつでも書くものが、主観的に、自分で先にカンシャク許り起してゐるものだから、読者に分らないのであつた。
私たちは、お互に、励まし合ひ、研究し合つたが、私にも、Nにも、カン所がつかめなかつた。
そのうち私一家は、一時田舎に落ちのびて、留守は、N君とH君とに委せて置いた。落ちのびた私たちも、留守の両君も、現在の失業者のなめるのと、同じ悩みを味つたのはいふ迄も無い。
ところが、私の居ない間に、私たちの属してゐた、文学上のグループが、どういふ訳だか、グラつき始めた。私は、遠く、離れて居たものだから、単に、経済上の問題であらう、と思つてゐた。
その問題ならば、自分が帰つたところで、手ブラで帰つたのでは、邪魔になるだけなのだから、それよりも、年来の目論見である、水力発電所に関する長編でも、書きあげようと、発電所の見おろせる鳥屋にガン張つてゐた。