郷愁
本文約1,400字 ・ 読了時間 約3分
あらすじ(AIが作成しました)
八百屋の店先に並ぶ野菜に季節の移ろいを感じ、強烈なホームシックに襲われる少年。彼は淋しさを抱えて宵の街を歩き、最後には上野駅へ向かう。そこには、遠い故郷への思いを馳せ、掲示された鉄道地図を眺める無数の人々の姿がある。自身と同じく大志を抱いて上京した友人と駅で再会した折、二人は故郷を懐かしむ歌を口ずさむ。都会で懸命に生きる若者たちの孤独と郷愁、そして故郷を去り難い切ない情景を綴る。
💰 この本を応援する(投げ銭)
私はよく、ホームシックに襲われる少年であった。
八百屋の店頭に、水色のキャベツが積まれ、赤いトマトオが並べられ、雪のように白い夏大根が飾られる頃になると、私のホームシックは尚一入烈しくなるばかりであった。
そんなとき、私は憂鬱な心を抱いて、街上の撒水が淡い灯を映した宵の街々を、微かな風鈴の音をききながら、よくふらふらと逍遙あるいたものであった。
店の上に吊された、五十燭ぐらいの電燈が、蒼白い、そしてみずみずしい光をふりまき、その光に濡れそぼっている果物屋の店や、八百屋の店は、ますます私の心を、憂鬱に、感傷的にしてしまうばかりであった。併し私は、馬鹿馬鹿しいほど淋しく、物哀れな気分になりながらも、こうして八百屋の店や果物屋の店頭を覗いて歩くのが好きだった。
そうして逍遙うた揚句には、屹度上野の停車場へやって行ったものであった。
停車場の待合室にはどこの停車場にも掛かっているような、全国の、国有鉄道の地図が掲げられていた。
その地図の下に立ってみすぼらしい身装の青年が、その地図の上の距離を計ったり、凝っと凝視ていたりして、淋しい表情で帰って行くのを、私は幾度見かけたか知れなかった。
私はそういう人々を、殆んど毎晩のように見かけた。なかには、眼を潤ませて帰る青年もあったし、ちかちかと睫毛を光らせて戻る少年もあった。
併し私は、そういう人々を、ただ単に、見たとばかり言い得ないような気がする。
その人々の姿こそ、当時の私の姿ではなかったろうか? 歩いてでも郷里にかえりたかった。当時の私の心ではなかったろうか?
或る夜のことであった。私は停車場で、偶然一人の友人と落ち合った。彼は非常に沈んでいたようであった。
「誰か送って来たの? それとも誰か来るの?」と私は訊いた。
「ううん。」
彼は神経質な眼をして頭を振った。
「君は?」と彼は訊いた。
「僕も、ただ散歩に。――ここへ来ると、田舎の言葉が聞けるもんだから……」
「僕もそうなんだよ。ただそれだけで、僕は小石川からわざわざ出掛けて来るんだよ。」
彼はこう言って、深い深い溜め息を一つついた。