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TORENDIA

人魂の一つの場合

本文約2,900字 ・ 読了時間 約6分

あらすじ(AIが作成しました)

信州の温泉宿で子供たちが目撃した火の玉について、物理的現象と視覚的な生理的錯覚の両面から考察する。二人の目撃者の証言に生じた移動方向の矛盾を鍵に、暗所での光の知覚や網膜に固有の錯覚がもたらす影響を分析する。人魂のような現象を単なる迷信として片付けず、生理光学的な見地から科学的な研究の種となる可能性を論じ、未知の現象に対する探究心や、不思議を恐れる心を持つことの意義を綴る。

寺田寅彦

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🎧 人魂の一つの場合 / 朗読音声: VOICEVOX:九州そら

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ことしの夏、信州のある温泉宿の離れに泊まっていたある夜の事である。池を隔てた本館前の広場で盆踊りが行なわれて、それがまさにたけなわなころ、私の二人の子供がベランダの籐椅子に腰かけて、池の向こうの植え込みのすきから見える踊りの輪の運動を注視していた。ベランダの天井の電燈は消えていたが上がり口の両側の柱におのおの一つずつの軒燈がともり、対岸にはもちろん多数の電燈が並んでいた。

突然二十一歳になるAが「今火の玉が飛んだ」といいだすと、十九歳になるBが「私も見た」といってその現象の客観的実在性を証明するのであった。

そこで二人の証言から互いに一致する諸点を総合してみると、だいたい次のようなものである。

ベランダから池の向こうの踊り場を正視していたときに、正面から左方約四十五度の方向で仰角約四十度ぐらいの高さの所を一つの火の玉が水平に飛行したというのである。その水平経路の視角はせいぜい二三十度でその角速度は、どうもはっきりはしないが、約半秒程度の時間に上記の二三十度を通過したものらしい。

二人の目撃者の相互の位置は一間ほど離れており、また椅子の向きも少しちがっていたので、私は二人の各位置について、そのおのおのの見たという光の通路の方向を実地見証してみた。そうして、その二人のさす方向線の相会するあたりに何があるかを物色してみた。すると、およその見当に温泉の浴室があり、その建物の高い軒下には天井の周囲を帯状にめぐらす明かり窓があって浴室内の電燈の光に照らされたその窓が細長い水平な光の帯となって空中にかかっている。どうも火の玉の経路がおおよそそれと同じ見当になるらしいのである。

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