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TORENDIA

相撲

本文約4,100字 ・ 読了時間 約9分

あらすじ(AIが作成しました)

新宿の食堂でラジオの相撲中継を聞いた著者が、相撲に関する自身の経験や記憶を綴る随筆である。力学の対象としての相撲の研究を提言し、相撲の歴史に新たな比較研究を求めるほか、聖書の記述や郷里の伝承との結びつき、学生時代の思い出や力士との個人的な交流を振り返る。多様な個性が競い合う力士たちの姿を通して、個性の対立や集団における人材のあり方についても考察を巡らせる。

寺田寅彦

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🎧 相撲 / 朗読音声: VOICEVOX:玄野武宏

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一

一月中旬のある日の四時過ぎに新宿の某地下食堂待合室の大きな皮張りの長椅子の片すみに陥没して、あとから来るはずの友人を待ち合わせていると、つい頭の上近くの天井の一角からラジオ・アナウンサーの特有な癖のある雄弁が流れ出していた。両国の相撲の放送らしい。野球の場合とちがって野天ではなく大きな円頂蓋状の屋根でおおわれた空間の中であるだけに、観客群衆のどよみがよくきこえる。行司の古典的荘重さをもった声のひびきがちゃんと鉄傘下の大空間を如実に暗示するような音色をもってきこえるのがおもしろい。観客のどよみも同じく空間を描き出す効果があるのみならず、その音の強弱緩急の波のうち方で土俵の上の活劇の進行の模様が相撲に不案内なわれわれにもよくわかるような気がする。それでこの放送では、むしろ観客群集のほうが精神的に主要な放送者であって、アナウンサーのほうは機械的な伴奏者だというような気もするのである。そんな気のするのは畢竟自分が平生相撲に無関心であり、二三十年来相撲場の木戸をくぐった事さえないからであろう。それほど相撲に縁のない自分が、三十年ほど前に夏目漱石先生の紹介で東京朝日新聞に「相撲の力学」という記事を書いて、掲載されたことがある。切り抜きをなくしたので、どんな事を書いたか覚えていないが、しかし相撲四十八手の裏表が力学の応用問題として解説の対象となりうることには違いはないので、その後にだれか相撲好きの物理学者が現われ、本格的な「相撲の力学」を研究し開展させて後世に対する古典文献を著述するであろうと思って期待していたが、自分の知る限りまだそうした著書はおろか論文も見当たらない。そんなものを書いても今の日本では学位も取れず金ももうからないためかもしれない。しかし昨今のように国粋的なものが喜ばれ注意される傾向の増進している時代では、あるいはこうした研究もそれほどに異端視されなくてもすむかもしれないと思われる。「囲碁」や「能楽」のように西洋人に先鞭をつけられないうちにだれか早く相撲の物理学や生理学に手をつけたらどうかと思うのである。

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