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TORENDIA

数学と語学

本文約3,500字 ・ 読了時間 約8分

あらすじ(AIが作成しました)

入学試験における数学と語学の成績の相関関係に着目し、両学問の学習方法や思考の構造的共通点を論じる。記号を文法に従って配列する数学を一種の言語と捉え、語学と同様に暗記と長い修練を要する点や、思考を構築するための道具である点を指摘する。また、自然科学における数学的解析の有用性と限界を考察し、思考を正確に運ぶための言語の可能性についても言及する随筆。

寺田寅彦

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🎧 数学と語学 / 朗読音声: VOICEVOX:青山龍星

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ある入学試験の成績表について数学の点数と語学の点数の相関を調べてみたことがあった。各受験者のこの二学科の点数をXYとして図面にプロットしてみると、もちろん、点はかなり不規則に散布する。しかしだいたいからいえば、やはり X = Y で表わされる直線の近くに点の密度が多いように見えた。もっとも中にはXYのいずれか一方が百点に近くて他の一方の数値が小さいような例もあるにはあったが、大勢から見れば両者の間には統計的相関があるといってもたいして不都合はなかったように記憶している。

これはきわめて当たりまえのようにも思われる。結局頭のよいものは両方の点がいいという事が、最も多くプロバブルである、といってしまえばそれだけである。しかしもしやこの二つの学科がこれを修得するに要する頭脳の働き方の上で本質的に互いに共通な因子を持っているようなことはないか。これは一つの問題になる。

ちょっと考えると数学は純粋な論理の系統であり、語学は偶然なものの偶然な寄り集まりのように見える。前者には機械的な記憶などは全然不要であり、後者には方則も何もなく、ただ無条件にのみ込みさえすればよいように思われるかもしれないが、事実はいうまでもなくそう簡単ではない。

数学も実はやはり一種の語学のようなものである、いろいろなベグリッフがいろいろな記号符号で表わされ、それが一種の文法に従って配列されると、それが数理の国の人々の話す文句となり、つづる文章となる。もちろん、その言語の内容は、われわれ日常の言語のそれとはだいぶ毛色のちがったものである。しかし幾十百億年後の人間の言語が全部数学式の連続に似たものになりはしないかという空想をほんの少しばかりデヴェロープして考えてみると、この譬喩が必ずしも不当でない事がわかるかと思う。

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