TRENDIA CLASSIC
灰燼十万巻
内田魯庵
1 / 15
十二月十日、珍らしいポカ/\した散歩日和で、暢気に郊外でもきたくなる天気だったが、忌でも応でも約束した原稿期日が迫ってるので、朝飯も匆々に机に対った処へ、電報!
丸善から来た。朝っぱらから何の用事かと封を切って見ると、『ケサミセヤケタ。』
はて、解らん。何の事ッたろう。何度読直しても『今朝店焼けた』としか読めない。金城鉄壁ならざる丸善の店が焼けるに決して不思議は無い筈だが、今朝焼けるとも想像していないから、此簡単な仮名七字が全然合点めなかった。
且此朝は四時半から目が覚めていた。火事があったら半鐘の音ぐらい聞えそうなもんだったが、出火の報鐘さえ聞かなかった。怎うして焼けたろう? 怎うしても焼けたとは思われない。
暗号ではないかとも思った。仮名が一字違ってやしないかとも思った。が、怎う読直しても、ケサミセヤケタ!
すると何となく、『焼けそうな家だった』という心持がして、急いで着のみ着のまゝの平生着で飛出した。
呉服橋で電車を降りて店の近くへ来ると、ポンプの水が幾筋も流れてる中に、ホースが蛇のように蜒くっていた。其水溜の中にノンキらしい顔をした見物人が山のように集っていた。伊達巻の寝巻姿にハデなお召の羽織を引掛けた寝白粉の処班らな若い女がベチャクチャ喋べくっていた。煤だらけな顔をした耄碌頭巾の好い若い衆が気が抜けたように茫然立っていた。刺子姿の消火夫が忙がしそうに雑沓を縫って往ったり来たりしていた。
内田魯庵の他の作品
TRENDIA CLASSIC
鴎外博士の追憶
内田魯庵
鴎外博士の追憶
内田魯庵
TRENDIA CLASSIC
温情の裕かな夏
目さん
内田魯庵
温情の裕かな夏目さん
内田魯庵
TRENDIA CLASSIC
犬物語
内田魯庵
犬物語
内田魯庵
TRENDIA CLASSIC
淡島椿岳
内田魯庵
淡島椿岳
内田魯庵
TRENDIA CLASSIC
駆逐されんとす
る文人
内田魯庵
駆逐されんとする文人
内田魯庵
TRENDIA CLASSIC
家庭の読書室
内田魯庵
家庭の読書室
内田魯庵
TRENDIA CLASSIC
斎藤緑雨
内田魯庵
斎藤緑雨
内田魯庵
TRENDIA CLASSIC
青年実業家
内田魯庵
青年実業家
内田魯庵
TRENDIA CLASSIC
三十年前の島田
沼南
内田魯庵
三十年前の島田沼南
内田魯庵
TRENDIA CLASSIC
人相見
内田魯庵
人相見
内田魯庵
TRENDIA CLASSIC
美妙斎美妙
内田魯庵
美妙斎美妙
内田魯庵
TRENDIA CLASSIC
硯友社の勃興と
道程
内田魯庵
硯友社の勃興と道程
内田魯庵