犬物語
本文約16,100字 ・ 読了時間 約33分
あらすじ(AIが作成しました)
乞丐横町の路地で生まれた日本犬の太郎は、母を失い殺されかけたところを現在の主人に救われる。純粋な血統を誇る彼は、邸宅で可愛がられ、主人一家の日常を観察する。世間を騒がせる学士たちの俗物ぶりや恋愛模様を冷めた視線で見つめ、人間社会の腐敗や虚栄心を独自の犬の立場から鋭く批評する。誇り高い気象と勇猛な先祖の記憶を胸に、太郎は飼い主の嬢様へ理想的な相手を見つけ、共に狩りへ出ることを夢見て軽妙に語る。
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俺かい。俺は昔しお万の覆した油を甞アめて了つた太郎どんの犬さ。其俺の身の上咄しが聞きたいと。四つ足の俺に咄して聞かせるやうな履歴があるもんか。だが、人間の小説家さまが俺の来歴を聞くやうでは先生余程窮したと見えるね。よし/\一番大気を吐かうかな。
俺は爰から十町離れた乞丐横町の裏屋の路次の奥の塵溜の傍で生れたのだ。俺の母犬は俺を生むと間もなく暗黒の晩に道路で寝惚けた巡行巡査に足を踏まれたので、喫驚してワンと吠えたら狂犬だと云つて殺されて了つたさうだ。自分の過失を棚へ上げて狂犬呼ばゝりは怪しからぬ咄だ。加之も大切な生命を軽卒に奪るとは飛んでもない万物の霊だ。人間の威張臭る此娑婆では泣く子と地頭で仕方が無いが、天国に生れたなら一つ対手取つて訴訟を提起してやる覚悟だ。
生れて二タ月目位だな。悪戯な頑童どのに頸へ縄をくゝし附けられて病院の原に引摺られ、散三責められた上に古井戸の中へ投込まれやうとした処を今の旦那に救けられたのだ。
乳も碌に飲まない中に母犬には別れ、宿なしの親なしで随分苦労もしたが、今の旦那には勿躰ないほどお世話になつて、恰と応挙の描いた狗児のやうだと仰しやつて大変可愛がられたもんだ。坊様も嬢様も無類の犬煩悩で入らつしやるから、爰の邸へ引取られてからは俺も飛んだ幸福者で、今年で八年、終に一度餓じい目どころか、両に四升の鬼の牙のやうなお米を頂戴してゐた。憚りながら未だ南京米を口に入れた事の無いお兄いさんだ。
俺の血統かい。俺は尋常の地犬サ。雑りツけない純粋の日本犬だ。耳の垂れた尻尾を下げた瞳の碧い毛唐の犬がやつて来てから、地犬々々と俺の同類を白痴にするが、憚りながら神州の倭魂を伝へた純粋のお犬様だ。西洋臭い顔をした雑種犬とは、ヘン、種が違います。