モスクワ印象記
本文約20,800字 ・ 読了時間 約42分
あらすじ(AIが作成しました)
モスクワに滞在する二人の日本女性は、狭いホテルの一室で読書や対話に明け暮れながら、人口過剰や物資不足といった新社会の現実に触れる。街を歩き、冬から春へと移ろう街並みやクレムリンの風景を観察し、革命後の変容を続けるロシアの生活を間近に見つめる。本書は、一九二八年のモスクワにおける市民の営みや社会情勢を、異国の地で暮らす筆者の視点から綴る印象記である。
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トゥウェルスカヤの大通を左へ入る。かどの中央出版所にはトルキスタン文字の出版広告がはりだされ、午後は、飾窓に通行人がたかって人間と猫の内臓模型をあかず眺める。緑色の円い韃靼帽をかぶった辻待ち橇の馭者が、その人だかりを白髯のなかからながめている。
中央電信局の建築が、ほとんどできあがった。材料置場の小舎を雪がおおっている。トタンの番小屋のきのこ屋根も白くこおっている。
――ダワイ! ダワイ! ダワイ!
馬橇が六台つながって、横道へはいってきた。セメント袋をつんでいる。工事場の木戸内へ一台ずつ入れられた。番兵は裾長外套の肩に銃をつっている。
長靴に二月の雪をふみしめ、番兵は右に歩く。左に歩く。しかし歩哨の地点からはとおく去らず、彼は口笛をふいた。交代に間がある――。日曜に踊った女の肩からふいと心の首を持ちあげたとき、番兵は向う側の歩道をゆく二人の女を見た。大股に雪の上を――自分の女の記憶のうえをふみしめるのを瞬間わすれて、番兵は自分の目前を見つづけた。
――中国の女?――
一人の女は黒ずくめ。一人の女は茶色ずくめ。毛皮の襟からでている唇をうごかして彼女たちは番兵の理解せぬ言葉をしゃべり、黒ずくめの女の方が高笑いをした。
番兵は銃をゆすりあげ、さらに女たちの後姿をみまもった。街の平ったい建物のみとおし。後から取りつけたに違いないバルコニーが一つ無意味に中空にとび出している。したに、
ホテル・パッサージ[#「ホテル・パッサージ」はゴシック体]
電気入りの看板がでていた。バルチック海の春先の暴風がおこる朝、この看板はゆれた。そして軋む。黄色い紙にかいた献立が貼りだしてあるそのホテルのばからしくおもいドアを体で押しあけて、先ず黒ずくめの女がはいった。つづいて、茶色外套の女もはいってしまった。――バング!
肉入饅頭売りがきた。彼が胸からつるした天火のゆげが、ドアの煽りでちった。同時に肉入饅頭の温い匂いも湯気とともにちる。