本文へ移動
TORENDIA

若き時代の道

本文約2,400字 ・ 読了時間 約5分

あらすじ(AIが作成しました)

現代社会における人間らしい生活の希求と、現実との深い矛盾を論じる。学問や社会活動が円滑に進まない状況下で、知識人や若者がいかにして自身の道を見出し、社会参加すべきかを問いかける。個人の専門的な活動を通じて社会の進歩に貢献する献身の重要性を説き、矛盾に満ちた日常生活の中にこそ歴史を創造する実体があると主張する。時代に翻弄されるだけでなく、自らが時代を形作るという自覚を持って生き抜くことの意義を綴る。

宮本百合子

速度
🎧 若き時代の道 / 朗読音声: VOICEVOX:雨晴はう

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 3

人間として何か意味のある生活を生きぬきたいという極めて自然な望みと、現代の社会で私たちが生活して行かなければならないための生活の形というものとの間に、今日は実に深い矛盾がある。明治時代は、学校で学問をすることと、社会に出てからその蘊蓄を傾けて立派な人間的活動をすることとは、少くとも或る程度までは一致して考えることが出来ていた。現在はそうでない。いかに生きるべきかという問題の内容は非常に複雑であって、毎日は一応学生生活をやっていても、サラリーマン生活をやっていても、そういう謂わば外側の生活の順序だけ円滑に行っているだけでは、まだ本質的にこの問題が解決されきらない。そのことを、真面目な人々は日々深く感じているし、苦しんでもいるのである。

大学が学問の自主を失ったこと、インテリゲンツィアが左翼の退潮とともに生存の歴史的な方向や見とおしを失って無気力化したことなどが一つの原因で、今日、いかに生きるべきかという問題を、新しく提起していることも事実である。しかし、果して、そういう消極的な気分だけが、この究求の慾望を刺戟しているのであろうか。私は決してそうではないことを、若き時代の名誉のために確信をもって云いきれると思う。今日の社会の現実は、白面な常識を持った人間に、或る種の公憤を感じさせずにはいない様々の事実に満ちている。文化の上に現れている愚劣な地方主義にしろ、科学性の蹂躙にしろ、インテリゲンツィアの最も本質である知性の正当な発動に対する相剋が歴然としている。いかに生きるべきかが考え直されている根底には、生きることがないがどうしよう、というばかりではなく、人間的な理性と感情とから否定されるべき事物は分っている。だが、それをどういう実際のやりかたで表現して行くべきか、どこにその道があるか。知識人として肯定し建設すべきもののきっかけを矛盾だらけの社会関係にある自分の日常生活でどう掴み、どうものにしてゆくべきか、という熱心な苦しい摸索があるのである。

宮本百合子の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本