知性の開眼
本文約4,200字 ・ 読了時間 約9分
あらすじ(AIが作成しました)
知性は学識や利巧さとは異なり、人生の深い部分と関わる活き活きとした生活力である。キュリー夫人やジョルジュ・サンドの物語、マルグリット・オオドゥウの生涯を例に、境遇や運命に対して主体的に働きかけ、困難を乗り越えていく動的な人間の力を論じる。また、既存の習俗によって知性が形骸化される危険性を指摘し、社会的な背景を洞察し、対等な関係の中で自らの理性を目覚めさせることの重要性を説く。
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知性というとき、私たちは漠然とではあるが、それが学識ともちがうし日常のやりくりなどの悧巧さといわれているものともちがった、もう少し人生の深いところと関係している或るものとして感じとっていると思う。教養がその人の知性の輝きと切りはなせないように一応は見えるが、現実には、教養は月で、知性の光を受けることなしにはその存在さえ示すことが出来ないものと思う。教養ということは範囲のひろい内容をもっているけれども、そういう風な教養は外から与えられない環境のなかで、すぐれたいい素質として或る知性を具えているひとは、その知性にしたがって深く感じつつ生活してゆく間に、おのずから独特な人生に対する態度、教養を獲てゆくという事実は、人間生活の尽きぬ味いの一つであると思う。
この人生への愛。ひとと自分との運命を大切に思って、そこから美しい花を咲かせようとつとめる心。そのためには自然欠くことの出来ない落付いた理性の判断と、柔軟溌溂な独創性、沈着な行動性。それ等のものが、知性と云われるもののなかにみんな溶けこんでいて、事にのぞみ、場合に応じ、本人にとっては何か直感的な判断の感じ、或はどう考えてもそうするのが一番よいと思えるというような感情的な感じかたで、生活に作用してゆく。知性というものは抽象の何ものでもなく活々としてしなやかなダイナミックな生活力そのものにつけられた名である。