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TORENDIA

見つくろい

本文約1,000字 ・ 読了時間 約3分

あらすじ(AIが作成しました)

半襟の購入から菓子屋への注文に至るまで、日本の日常生活に根深く残る「見つくろい」という習慣の是非を論じる。自身の判断を他者に委ねるこの慣習は、結婚の媒酌や日常の様々な局面で作用している。著者は、書棚を埋めるためだけに本屋へ「見つくろい」を依頼し、部屋を装飾しようとする新築邸宅の主人の様子を例に挙げ、判断の責任を放棄する現代的な文化のあり方に抱く複雑な思いを綴る。

宮本百合子

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🎧 見つくろい / 朗読音声: VOICEVOX:九州そら

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たとえば半襟のようなものでも、みつくろって買って下さいね、とたのまれると、私たちは相当閉口する。自分が見てあのひとにはこれと思って選んだ色にしろ、果してその色を本人が好きと思うかどうかは不安であるし、見つくろって、と買物などをひとにたのむことは、相手を立てているようでその実は困りもののときが多い。

菓子屋などへ電話をかけて、見つくろっていかほど、と云ったりしているのをきくと、やはり嬉しい気がしない。菓子屋の職人で、すこしは美味い菓子をつくっている自信のあるのがそんな注文をうけたりしたら、やっぱりまかせられたうれしさよりも、そういう大ざっぱな味いかたを幾らか腹立たしく感じそうに思われるけれど、どうかしら。

いろいろ日本の生活の感情の細かいところにふれて考えてゆくと、ひとに判断の責任をゆだねたこの見つくろいが、案外様々のところに行われているのではないだろうかと思われる。媒酌ということが日本の結婚のしきたりでは単に紹介をする人というのとは異った役割をもっているし、その関係で娘さんは見つくろわれる側にまわることも微妙な作用である。西洋の女のひとは、見つくろって下さい、という感情を人生のいろんな局面でずっと少ししか持っていないような生活の姿である。

この頃は不思議な世の中で、本屋が見つくろいの注文を受けた話をまたぎきした。或る本屋へ電話で、もしもしこちらはどこそこですが、本を四十円ほど届けて下さい、という若い女の声である。本屋は腑に落ちなくて、しかし四十円ほどという響もはっきり耳にしみたのだろう。承知しましたが、本はどんな種類のにしましょうか、とききかえした。すると、一寸お待ち下さいと引こんで、又電話口での返事は、わかりませんから何か見つくろって四十円ほど、と云うことであった。

そこで本屋はあれこれを風呂敷につつんで行って見たところが、そこは新築したばかりの邸宅で、西洋間の応接室に堂々たる書架がついている。が、そこが空っぽで入れるものがないからという注文であったことが判明した。

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