あとがき(『宮本百合子選集』第四巻)
本文約2,100字 ・ 読了時間 約5分
あらすじ(AIが作成しました)
八篇の短篇小説を収める本書は、作者の作家生活前半の揺らぎや、ソヴェト旅行中の日常を綴った作品から、戦時下の圧迫の中で執筆されたものまでを網羅する。思想的な弾圧や社会の変容という過酷な状況下にありながら、自身の作家としての歩みや、自由な表現を奪われながらも物語を紡ぎ続けようとする作家の姿が、各作品を通して浮き彫りにされる。一九二七年から一九四五年八月までの苦難に満ちた創作の過程を記録した貴重な選集である。
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この一冊におさめられた八篇の小説は、それぞれに書かれた時期もちがい、それぞれにちがった時期の歴史をももっている。
「一本の花」は一九二七年の秋ごろ発表された。長篇「伸子」を書き終り、ソヴェト旅行に出かける前の中間の時期、いくつか書いた短篇のうち、これは一番長いものであった。過去三年あまりつづいて来た女ばかりの生活に微妙な単調さを感じる心が動きはじめていると同時に、自分の書く作品の世界にも、疑問を抱きはじめている時期であった。「一本の花」には、そういう動揺の気配がよくあらわれている。腐敗した古い婦人団体の内部のこと、町の小さい印刷屋の光景、亀戸あたりの托児所の有様などいく分ひろがった社会的な場面をあやどりながら、何かを求めている女主人公朝子の姿が描かれている。朝子が何を求めているかということを朝子が知らないばかりでなく作者にもわかっていなかった。ただ、心に訴えるものがある。鳴ろうとして鳴るためには何かがかけているという心の状態が朝子によって現わされている。「一本の花」は、作者にとって、作家生活の前半期のピリオドとなった作品である。「貧しき人々の群」から、さまざまな小道に迷いこみながら「伸子」に到達し、それから比較的滑らかにいくつかの短篇をかき、やがてそういう滑らかさの反復に作家として深い疑いを抱きだした、その最後の作品であるから。この作品を書いて程なく、ソヴェトを中心とするヨーロッパ旅行に出発した。