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TORENDIA

獄中への手紙

本文約49,900字 ・ 読了時間 約100分

あらすじ(AIが作成しました)

慶応の病室に入院中の筆者が、市ヶ谷刑務所に収容されている夫の顕治へ向けて執筆した書簡を収める。予審終了後の面会や通信が制限される中、日々の生活の報告や自身の健康状態、父との永訣を経て芸術家として歩む覚悟などを綴る。また、執筆活動への意欲や、夫と共有する生活の細部、互いの精神的な結びつきを通じ、離れていても変わらぬ深い愛と信頼、そして困難な状況下での前向きな生き方を描き出す。

宮本百合子

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四月十五日

今晩は。

いま、夜の八時十分前。一九三六年四月十五日。慶応の病室。スエ子は緑郎の作曲が演奏される音楽会へ出かけてゆき、私ひとり室の隅の机に向って、これを書いて居ます。

ゆうべから、私はこの風変りな手紙を、これ迄いつも貴方へあげる手紙を書いていた時のような楽しんだ心持で書きはじめる仕事に着手しました。三月二十四日に予審が終った時、私は外に出たら何よりも先にあなたのところへ出かけてゆき、過去一年間の様々の経験の中から積み重ねた成長の花束を見せて上げたい、見て欲しいと思っていたのですが、公判がすまないうちは面会も手紙も許可されぬ由。其で、この何時お手元に届くか今のところ未だ見当のつかない手紙をこのようにポツポツと書きためることを思いついたのです。三月二十七日の夕方出て、すぐ慶応に入り、今日で十八日目。この二十五日に退院して林町に住みます。

――何から書こうかしら。二月二日、五日間帰宅を許されて帰っていた私が、黒い紋付を着て坐っている食堂の例のテーブルの傍で、咲枝が書いたハガキにより、貴方が私の健康につき最悪の場合さえ起り兼ねまじく御思いになったこと、後から林町のものたちへ下すったお手紙を見せて貰って承知いたしました。初めてお目にかかれる時、私はきっと「死にもしなかった!」と云って笑って貴方を眺めることであろう。そう思って居りました。今、私は決して急な危険など迫った状態ではありません。然し、これまで、考えて見ると、私はちっとも曰く付の心臓について、具体的なことを申上げて居ませんでしたね。それは、なげやりに暮していると云うより、普通の生活条件の中では私はどちらかというと御存知の通り用心深く体を扱う方ですし、心持の方から云えば、いつだって元気で、外に云いようがないし、つい細々したことをお喋りしなかったのです。でも、きょうはこの風変りな手紙の書き出しに、私は少し自分の心臓について書きましょう。そして、貴方に安心して頂き、これから余りそんなことを繰返し書かないですむように。

(一)私が丸まっちい体をしているので心臓が疲れ易いということ。これは最も見易い常識。

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