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TORENDIA

解説(『風知草』)

本文約12,000字 ・ 読了時間 約24分

あらすじ(AIが作成しました)

一九三五年発表の小説『乳房』は、激動する社会情勢下で地下的生活を余儀なくされた左翼活動家たちの日常や階級的な愛情を描く。本作は警察による弾圧や検閲、組織の崩壊という過酷な現実を背景にしつつ、当時のプロレタリア文学運動の渦中における作家の切実な抗議と緊張感を表現した。正統的なプロレタリア文学として公表された最後の作品であり、厳しい制約の中での闘いや心理的葛藤をリアルな筆致で記録している。

宮本百合子

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「乳房」について

「乳房」は一九三五年(昭和十年)三月に書かれた。発表されたのは中央公論四月号であった。

たいして長い小説ではないけれども、この作品がまとまるまでにはいろいろ当時としてのいきさつがあった。そのいきさつのあらましは、一九三二年の三月下旬「日本プロレタリア文化連盟」にたいする弾圧があった時代にさかのぼって話されなければなるまい。それまでは「コップ」や「ナップ」で公然と文筆活動をしていた小林多喜二、宮本顕治その他の人々が、一九三二年三月以後はこれまでの活動の形をかえて、地下的に生活し働かなければならないようになった。わたしも一九三二年四月七日に検挙されて六月十八日ごろまで、警察にとめられていた。小林多喜二、宮本顕治は不自由な生活と活動の条件にかかわらずどこかでずっと無事に暮していた。同じ年の九月「コップ」の婦人協議会がそっくりつかまって、わたしはまた一ヵ月警察生活をした。

共産党の中央部が破壊を蒙った熱海事件がこの一九三二年十月にあり、そのころ共産党中央委員であった岩田義道が、検挙と同時に殺された。翌一九三三年の二月二十日に小林多喜二が築地署で拷問のために虐殺された。つづいて、野呂栄太郎が検挙され、このひとは宿痾の結核のために拷問で殺されなくても命のないことは明白であると外部でも噂されている状態だった。

一九三三年は、日本の権力が、共産党員でがんばっている者は殺したってかまわない、という方針を内外にはっきりさせて行動した年であった。そして、一九二八年三月十五日、三・一五として歴史的に知られている事件のころから共産党の組織に全国的にはいりはじめていた警察スパイが、最もあからさまに活躍して、様々の金銭問題、拐帯事件、男女問題を挑発し、共産党員を破廉恥な行為へ誘いこみながら次から次へと組織を売っては殺させていた年であった。

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