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TORENDIA

「乳房」創作メモ

本文約5,200字 ・ 読了時間 約11分

あらすじ(AIが作成しました)

昭和初期の市電ストライキを背景に、労働者の家族会による移動托児所の運営と、度重なる弾圧に対する父母たちの抗議活動を綴る。組織的な活動の未熟さを痛感しながらも、親たちが協力して子供を預け合う中で連帯を深め、警察の不当な介入に対して主体的に立ち向かっていく過程を描く。托児所という場を通じ、生活と労働、そして政治的連帯がいかに結びつき、発展していくかを、関係者の証言や具体的なエピソードを交えて考察する。

宮本百合子

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🎧 「乳房」創作メモ / 朗読音声: VOICEVOX:玄野武宏

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◎大衆の中における各組織活動の未熟さ。

(1)[#(1)は縦中横]活動分子がぬかれるとあともう何もなくなる。

例、広尾車庫百五十人もいたのに、一人くびになったら、どうにも仕様がなくなった。外から職場の中に手を入れ難い。

△世話役の養成の重要性がここにある。交代者がこれでつくれるのに。

あれは、又俺はよく働いているという満足は真に組織的成果と云えぬ。

人を動かすようにすること、これが組織力。

その人がいなくなった後にどんな働きのキソがのこされているかということが成果である。

労救、一九三一年五月結成。

三二年の秋ごろから。弾圧。

市電ストライキのときの活動によって。職場の中に人手がなかったので、独自的活動を生かさないで、アジプロのために働き、労救の組織は一つとしてのびぬ。

○移動托児所。各車庫を中心としてもち、(ストライキのとき)組合の家族会の活動を支持するために托児所をもった。炊き出しのときおかみさん達の手をはぶくために。   又、場所をつかわせた。組合の托児所と云われた。   広尾で二十人ぐらい。上でおかみさんが集り、下で子供の托児所。   荏原がやった。荏原が籐椅子カンパのとき二十何円もよこした。   月給日には箱をぶら下げ、荏原托児所の子供にお菓子を買ってやりましょう。それで三円ぐらい入った。

多摩川へのピクニック。

費用 十二円

子供 二十人

お母さん達 七八人

褓母は歩いて、水着をきせた。お母さん達が大よろこび。

「こりゃすっぱりだ!」

市従から水の心得のある小父さんが来て世話をした。

後で座談会をした。来年へ注文 父兄を多く、子供をも(赤坊もちも)つれてゆきたい。

行商

車庫の支部長に会う。

アメ玉がいい。(車庫)

小工場(カステラ、甘納豆)

柳島

十二月二十八日

あしたいらっしゃい。午前十時にいらっしゃい。

十一時になった。

駄目ですよ!

午後一時――三時半 この時十五円

青年部の人が叫ぶ

五銭。十銭。十五銭。

支部長。五十銭。

∥

運転手が多い。

「俺の子供も欠食児童だよ」

「まとめて救援してやるよ 出しな!」

〔欄外に〕支部長がいいと云えば、市の役人がひっこむ。

車庫。

一つの支部に組が八つある。組長(議長)副組長

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