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TORENDIA

旧聞日本橋

本文約4,800字 ・ 読了時間 約10分

あらすじ(AIが作成しました)

明治時代の東京を舞台に、文明開化の波と変革期を象徴する二人の男、松本秀造と清水異之助の姿を綴る随筆。吉原に新知識を持ち込んだ才人である松本と、本邦初の外国火災保険詐欺に関与した清水の、個人の記憶と断片的な事実を通じ、士族の凋落と平民の台頭が混在する激動の時代相を描き出す。著者の幼い日の視点から、当時の社会の空気や世俗の動きを回想し、野心と機智を持った彼らが抱いた時代の不満やその生き様を考察する。

長谷川時雨

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🎧 旧聞日本橋 / 朗読音声: VOICEVOX:春日部つむぎ

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この章にうつろうとして、あんぽんたんはあまりあんぽんたんであった事を残念に思う。ここに書こうとする事は、私の幼時の記憶と、おぼろげに聞き噛っていただけの話ではちと荷がかちすぎる。

私はまことに呑気な、ぽかんとした顔をしているが、私というものが生をこの世にうける前は江戸が甦生し、新たに生れた東京という都が、総てに新生の姿をとって漸く腰がすわったところであった。いたるところに文明開化という言葉がもちいられた。チョン髷がとれて、腰の刀が廃された位の相違ではない。一般庶民が王侯と肩をならべられるようになったのだ。これはなんという急激な改革だかしれない。昨日まで土下座の身分の者が、ともかく同等の権利を認められようというのだ。そして憲法は発布され、国会も開設されようというのだ。

そしてそこには幾多の衝突と犠牲があった。幕末からかけて五、六十年間、尊い血潮が流され、有為の士の多くが倒れている。その最後が佐賀の乱、西南の役であるが、自由党の頭初といい倒幕維新の大きな渦の中にはフランスコンミュンの影もかなり濃かったのではなかろうか、時代の流れ、思潮の渦は、この島国の首都をも捲きこんだのであった。

私はなんでそんなむずかしいことを言いだしたかというと、「娼妓解放令」についていいたかったからだが、あんぽんたんはそれを聞いておくにはあまり幼稚すぎた。いま私が語ろうとする、おぼろげながら私の頭に残る二人の男は、その当時での当世男であると思うが、いつでもきける話だと思っていた油断が父が死んでしまったので、私の記憶はただ外形だけのものとなってしまった。その一人を通称金兵衛さんといった松本秀造という人と、秀造さんの妹の御亭主清水異之助という人だ。

秀造さんは吉原の大籬金瓶大黒の恋婿で、吉原に文明開化をもちこんで、幾分でも吉原を明るくしたかわりに養家はつぶしてしまった人。異之助さんは本邦最初の、外国火災保険詐欺をやった男。

秀造さんは眼から鼻へぬけるような才人だったという――これは後に大人が言ってるのを聞いていたのだが、吉原の積立金(税金だともきいた)使い込み事件で体があぶない時、父にかくまわれていた。

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