本文へ移動
TORENDIA

人麿の妻

本文約6,100字 ・ 読了時間 約13分

あらすじ(AIが作成しました)

柿本人麿の妻の人数について、二説から五説まで存在する諸説を検討し、万葉集の歌を根拠に人麿の伝記的な解釈を論じる。特に軽娘子、羽易娘子、第二羽易娘子の同一人物説や、石見娘子と依羅娘子を同一人物とする説などを挙げ、人麿の歌の解釈を通じて、それぞれの説の妥当性や根拠となる事実を検証する。先行研究の説を引用しつつ、妻の定義や歌の意味の綾を考察し、最終的な見解を示す。

斎藤茂吉

速度
🎧 人麿の妻 / 朗読音声: VOICEVOX:波音リツ

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 8

人麿の妻は、万葉の歌から推しても、二人だといふ説があり、三人だといふ説があり、四人だといふ説があり、五人だといふ説がある。今次に可能の場合を記載しながら、決定して行き、先進の説を附載するつもりである。

(一) 軽娘子。 人麿が、妻が死んだ後泣血哀慟して作つた長歌、((巻、二二〇七、二一〇、二一三))のはじめの歌に、『軽の路は吾妹子が里にしあれば、……吾妹子が止まず出で見し軽の市に』とあるので、仮に人麿考の著者に従つてかく仮名した。この長歌で見ると、秘かに通つてゐたやうなことを歌つてゐるが、此は過去を追懐して恋愛初期の事を咏んだ、作歌の一つの手段であつたのかも知れない。

(二) 羽易娘子。 長歌の第二に、『現身と念ひし時に取持ちて吾が二人見し』云々、『恋ふれども逢ふよしをなみ大鳥の羽易の山に』云々とあつて、羽易の山に葬つた趣の歌であるから、これも人麿考の著者に傚つて仮にかう名づけた。この長歌には、『吾妹子が形見に置ける若き児の乞ひ泣く毎に』云々とあつて、幼児を残して死んだやうに出来てゐる。それだから、この羽易娘子と軽娘子は別々な人麿の妻だと考へてゐる論者が多い。けれども、人麿が長歌を二様に作り、第一の長歌では遠い過去のこと、第二は比較的近事のことを咏んだとせば解釈がつくので、此は同一人だと考へても差支ないと思ふ。

斎藤茂吉の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本