わたくし自身について
本文約2,600字 ・ 読了時間 約6分
あらすじ(AIが作成しました)
子供の頃から旅に憧れ、未知の土地や歴史の舞台を探索して成長した著者が、自身の放浪癖とヨーロッパへの旅路を綴る。アメリカの雄大な自然に親しみながらも、物語や詩歌に彩られたヨーロッパの古城や廃墟、そして偉人たちへの強い関心を抱き、彼は異境へと足を踏み入れる。本書は、旅行家として各地を遍歴し、名所旧跡よりも人々の暮らしや何気ない風景を独自の視点で捉えた、心象風景のスケッチを収める。
ワシントン・アーヴィング Washington Irving
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わたしはホーマーと同じ考えである。ホーマーの考えというのは、カタツムリが、殻からはい出して、やがてガマになると、そのために腰掛けをつくらなければならなくなる。それと同じように、旅人も生れ故郷からさまよい出ると、たちまち奇妙なすがたになるので、その生活様式にふさわしいように住む家を変え、住めさえすれば、たとえのぞみの場所ではなくとも、そこに住まなければならなくなるというのである。
――リリー「ユーフューズ」
わたしはいつでも、はじめての土地に行って、変った人たちや風俗を見るのが、好きだった。まだほんの子供のころから、わたしは旅をしはじめ、自分の生れた町の中で、ふだん行かない所や知らない場所にいくども探険旅行をして、しょっちゅう両親をおどろかしたり、町のひろめやの金もうけの種になったりしたものだ。少年時代になると、わたしは観察の範囲をひろげた。休みの日の午後には、郊外を散歩し、歴史や物語で名高いところにはすっかりくわしくなった。人殺しや追いはぎがあったとか、幽霊が出たとかいうところは一つ残らず知りつくした。近隣の村々に出かけて行って、そこの風俗習慣を見たり、賢人名士たちと話しあったりして、大いに知識をふやした。ある長い夏の日には、遠くはなれた丘のいただきに登り、何マイルもひろがっている「未知の国」をはるかに見わたし、自分が住んでいる大地があまりにも広大なことを知って驚嘆したものである。
こういう漫歩癖は年とともに強くなった。航海記や旅行誌がわたしの愛読書となり、あまり読みふけって、学校の正規の勉強はほったらかしの始末だった。からりと晴れた日に桟橋をあちこちと歩き、遠い異境に向って出帆する船を見まもりながら、わたしは深いものおもいに沈んだ。次第に小さくなってゆく船の帆を見つめ、地の果てにただよってゆくわが身を空想するとき、どんなにわたしの眼はあこがれに輝いたことだろう。