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TORENDIA

落合町山川記

本文約9,500字 ・ 読了時間 約19分

あらすじ(AIが作成しました)

和田堀の妙法寺から落合川のほとりにある三輪の家へ越した著者は、女友達である尾崎翠との交流や、原稿料を得て支那へ旅行した経験を綴る。後に下落合へ転居し、近隣の作家や画家たちとの交友を深めながら、落合という土地での平穏な日々を描く随筆である。

林芙美子

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遠き古里の山川を

思ひ出す心地するなり

私は、和田堀の妙法寺の森の中の家から、堰のある落合川のそばの三輪の家に引越しをして来た時、はたきをつかいながら、此様なうたを思わずくちずさんだものであった。この堰の見える落合の窪地に越して来たのは、尾崎翠さんという非常にいい小説を書く女友達が、「ずっと前、私の居た家が空いているから来ませんか」と此様に誘ってくれた事に原因していた。前の、妙法寺のように荒れ果てた感じではなく、木口のいい家で、近所が大変にぎやかであった。二階の障子を開けると、川添いに合歓の花が咲いていて川の水が遠くまで見えた。

東中野の駅までは私の足で十五分であり、西武線中井の駅までは四分位の地点で、ここも、妙法寺の境内に居た時のように、落合の火葬場の煙突がすぐ背後に見えて、雨の日なんぞは、きな臭い人を焼く匂いが流れて来た。

その頃、一帖七銭の原稿用紙を買いに、中井の駅のそばの文房具屋まで行くのに、おいはぎが出ると云う横町を走って通らなければならなかった。夜など、何か書きかけていても、原稿用紙がなくなると、我慢して眠ってしまう。ほんの一、二町の暗がりの間であったが、ここには墓地があったり、掘り返した赤土のなかから昔の人骨が出て来たなどと云う風評があったり、また時々おいはぎが出ると聞くと、なかなかこの暗がり横町は気味の悪いものであった。その頃はまだ手紙を出すのに東京市外上落合と書いていた頃で、私のところは窪地にありながら字上落合三輪と呼んでいた。その上落合から目白寄りの丘の上が、おかしいことに下落合と云って、文化住宅が沢山並んでいた。この下落合と上落合の間を、落合川が流れているのだが、(本当は妙正寺川と云うのかも知れぬ)この川添いにはまるで並木のように合歓の木が多い。五月頃になると、呆んやりした薄紅の花が房々と咲いて、色々な小鳥が、堰の横の小さい島になった土の上に飛んで来る。

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