狐火
本文約5,500字 ・ 読了時間 約11分
あらすじ(AIが作成しました)
荷馬車を引く体格のよい三公は、子供の平吉を誤って轢き殺す事故を起こす。警察から放免された後、周囲から過剰に恐れられ、孤立していく中で自身の暴力性に葛藤を抱える。ある晩、暗い森を通りかかった三公は、狐火が漂う光景に出会い、それに向かって駆けていったまま忽然と姿を消す。本書は、不慮の事故を機に孤独と幻影の淵へ沈んでいく男の心理と、その不可解な失踪までを静かに綴る。
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一
馬方の三吉というよりも、のっぽの三公という方が分り易かった。それほど彼は背が高かった。背が高いばかりでなく、肩幅も広く、筋骨も逞ましく、力も強く、寧ろ大男というべきだったが、それに似合わず、どこか子供らしい無邪気な気質を持っていたので、のっぽの三公という綽名がよく人柄についていた。底知れぬ酒飲みで、飲むと気嫌がよくなるということも、如何にものっぽらしかった。
その日のっぽの三公は、可なり酒を飲んでいい気持になっていた。索麪の箱を二つ積んだばかりの空車にも等しいのを、馬の気儘に引かせながら、自分は馬車の上に乗っかって、酔心地をがらがら揺られてると、ついうっとりとした気持になっていった。
ぼんやりした薄暮の明るみが、山裾や野の上に淀んでいた。遠く打続いた麦畑の青や丘々の新緑が、ひっそりと静まり返って、街道の淋しい松の梢に小鳥がちちと鳴いていた。
明日も天気らしいな。
――西は……追分東は……関所……浅間山から……。
子供の時から歌い覚えたのを口ずさんで、それから彼は黙り込んでしまった。丘の袂を廻ると、茫とした山影に呑み込まれた。
だらだらの坂を下りきったら、平兵衛の立場茶屋で提灯を……と、そんなことをぼんやり思いついた時、彼の頭の中に、平兵衛の孫の平吉の顔が、可愛くにこにこっと映った。と同時に、腹掛の底の三本の栗羊羮の重みが、貨幣の重みみたいに、ずっしりと腹にこたえた。
折角貰ってきたんだが、一本を平吉にくれてやるか、と彼は考えた。残りの二本じゃあ家の三人の子供等がまた喧嘩あ初めるかも知んねえ。だが、半分ずつにして……半分を婆さんに……うむ。……平吉は喜ぶだろうな……。
立場茶屋の近まったのを知ってか、坂道の余勢をもって、ぱっかぱっかと馬が足取を早めて、そこの曲り角を曲った時、向うの人家からぱっとさす光の中に、黐竿を持った平吉の姿が、くっきりと浮び出した。
やあ!