傷痕の背景
本文約18,800字 ・ 読了時間 約38分
あらすじ(AIが作成しました)
陸軍少佐を退役し代議士選にも敗れた有吉祐太郎は、大腿部に深い傷痕を持つ。かつて上海で対峙した杉本浩を強く意識し、複雑な対抗心と親愛の情を抱き続ける。一方、翻訳や雑文執筆で糊口を凌ぐ杉本は、都会の雑踏で孤独な漫歩を繰り返す。思想的にも対照的な二人が再会し、ファシズムや政治への観念的な対話を交わす。やがて杉本は上海へ渡り、有吉は軍の職を完全に離れ、互いに離れた地でそれぞれの道を歩み始める。
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一
比較的大きな顔の輪郭、額のぶあつい肉附、眼瞼の薄いぎょろりとした眼玉、頑丈な鼻、重みのある下唇、そして、いつも櫛のはのよく通った髪、小さな口髭……云わば、剛直といった感じのするその容貌の中で、斜に分けられてる薄い頭髪が微笑み、短く刈りこまれてる口髭が社交的に動くのである。むろん、肩幅が広く、背が高い。前陸軍少佐…………。
陸軍少佐の職を弊履の如く捨てた、彼である。退職将校というよりも、落選代議士という感じの方が強い。
酒に酔うと、右の膝をまくって見せる癖がある、膝頭より上、大腿部の外方に、長さ七八センチの、可なり深そうな傷痕がある。
有吉の例の武勇談……そういった微笑で、親しい友人等は眼を見合った。
「天保銭」をねらわず、語学の勉強に力を入れ、外国語学校、大使館附武官、教育総監部、陸軍省……と、そういった方面を重にめぐってきて、実戦は勿論、実地兵科の方に縁の薄かった、そしてそれを一面得意とした有吉祐太郎のことだから、その「武勇談」といっても、ごくつまらないことだった。然し……。
「君たちだったら、美事に、横っ腹をぶすりとやられるところだ。それを……その時まで全く冗談だったが……冗談にせよ、はずみで……ぱっと払ったのが、腿にきた。彼奴案外真剣だったらしい……。」
そして、そのぎょろりとした眼付に、心をこめて、遠く、上海にいる杉本浩の面影を、追い求めるのだった。
「不徳漢で……卑怯者で……。」
だが、口で云うほど実は憎んではいなかった。何としても、憎悪の念なしに対抗意識が自然とその方へ向いてゆく、親しい対象だった――感情的にも、思想的にも。
彼の交友仲間――彼が中立候補としてたった代議士にも落選後、ひそかに結束の機運が醸成されかかってる少数の一団――の中には、日本ファシズムの気分が多く支配していた。その原動力の一つは、彼が大腿部の傷痕にあることは事実だった。
「彼奴が、日本に舞い戻ってきたら……。」
一種のなつかしみと力の自負とを以て、有吉祐太郎はそう思うのである。
二
杉本浩は粗末なアパートの一室に住んでいた。そして彼の生活は、飜訳と、雑文執筆と、読書と、漫歩と……。