女と帽子
本文約16,500字 ・ 読了時間 約33分
あらすじ(AIが作成しました)
珈琲店で待つ今村は、波江との過去の縁や複雑な人間関係に思いを巡らせている。かつての純情な日々から一転し、周囲の思惑や自身の歪んだ感情に翻弄される今村を、傍らにいる語り手は冷ややかに観察する。やがて現れた波江と共に自動車で京浜国道を移動しながら、今村は自分自身の脆さや空想的な心理状態と向き合い、自らを辱めるような破滅的な愛憎の狭間で苦悩しつつも、ある種の変化を遂げようとする様子を描く。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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一
今村はまた時計を眺めて、七時に三十分ばかり間があることを見ると、珈琲をも一杯あつらえておいて、煙草をふかし始めた。卓子に片肱をついて、掌でを支えながら、時々瞼をとじては、何かぴくりとしたように見開いている。もうこうなったら、俺のものだ。然し、最後になおちょっと元気をつけておいてやる必要もあるし、心窩のあたりを擽ってやりたくもなったので――眠いんですか、それとも、瞼が重たいんですか。どっちにしても同じことだが、しっかりなさいよ。あなたのその、薄茶色の帽子がま新らしく、へんにしゃちこばってるのに対して、大島の着物も羽織も、折目がくずれてだらりとしてる、それだからといって、あなた自身、ちぐはぐじゃいけませんよ。何をびくりびくりしているんです?
じっと、そこに腰掛けておればいいんです。死人のように、ぐったりと、身体をもたせかけておけばいいんです。一昨日からのこと、私も少々呆れたくらいだ、あなたも相当なもんでしたよ。いくらか疲れたでしょうね。瞼がはれ上り、顔がむくんでいて、血の気がなくて総毛だっています。目玉も底が濁っています。顔全体が、表皮の一重下に、蝋でもぬりこんだようですよ。然し、それで思い通りじゃありませんか。実際、あなたの計画には私も驚嘆しましたね。
ほんとは、波江さんに惚れてたんじゃありませんか。いい加減に白状なさいよ。え、よく分らないって、それだから、その煮えきらないところが、嫌んなっちゃうというんですよ。私が筋途立てて説明してあげましょうか。