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TORENDIA

猫性

本文約1,400字 ・ 読了時間 約3分

あらすじ(AIが作成しました)

純白か漆黒で尾の長い日本種の猫は、人間に近い生活を送りながらも従順な奴隷根性を持たず、時に人を無視して野性の夢想に耽る。猫が持つこの馴致されない野生は、人間が内に秘める芸術的創造力の源泉と重なる。本書は、猫の持つ独特の精神的怪異力と、それが芸術の創造において持つ意味について論じるとともに、手に入れた一匹の猫を眺めながら著者自身の内に残存する野性的な衝動と創作への向き合い方を綴る。

豊島与志雄

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🎧 猫性 / 朗読音声: VOICEVOX:春日部つむぎ

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誰にも逢いたくない、少しも口が利きたくない、そしてただ一人でじっとしていたい。そういう気持の時が屡々ある。これは意気阻喪の時ではなく、情意沈潜の時である。

私は純白か漆黒かの尾の長い猫なら、見当り次第幾匹でも飼いたいと思っている。それも、室内にとじこめられた単に愛玩具の外国産のものでなく、自由に戸外をもかけ廻る野性的な日本種がいい。尾の短いのは人工的でいけなく、尾の長い自然的なのに限る。それから一般に動物は、単毛色のものは雑毛色のものより虚弱で、種々の点で抵抗力が弱いのであるが、それでも純白か漆黒かというのは何故であるかとなると……それは茲では云わない。

ところで、何故に猫か。猫は飼養動物のうちで最も人間に近い生活をしている。屋内に人間と同居し、同じ食物をたべ、同じ寝具に眠る。にも拘らず、犬のような奴隷根性がない。用があり、気が向けば、喉をならしてすり寄ってくるが、用がなく、気が向かなければ、呼んでも返事をせず、すましてそっぽを向いている。猫は人の顔色を読むと云われているが、往々、最もよく人の顔色を無視する。そして庭の隅や、縁側の片端や、机上などに、ただじっと蹲っていることがある。人に逢いたくなく、口を利きたくなく、一人で夢想しているのだ。そうした夢想の中に、肉食獣の野性の夢がある。猫のうちには、馴致されきれない何物かが残っている。

それを、私は自分のこととして感ずる。人に逢いたくなく、口を利きたくなく、一人でじっとしている時、沈潜している情意は、道徳的な習慣的な世間的なものであって、その底に、何かしらむくむくとうごめく野性的なものが存在する。道徳や習慣に馴致されない何物かだ。そしてその野性的な何物かのうちに最も多く芸術の萠芽がある。

芸術が一種の創造であるという要素は、この馴致されない野性的な深い何物かの上に建設されるところにある。この建設のない場合、芸術は創造的要素を失い、生命力が稀薄になる。

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