一
彼の出した五円札が贋造紙幣だった。野戦郵便局でそのことが発見された。
ウスリイ鉄道沿線P―の村に於ける出来事である。
拳銃の這入っている革のサックを肩からはすかいに掛けて憲兵が、大地を踏みならしながら病院へやって来た。その顔は緊張して横柄で、大きな長靴は、足のさきにある何物をも踏みにじって行く権利があるものゝようだった。彼は、――彼とは栗島という男のことだ――、特色のない、一兵卒だった。偽せ札を作り出せるような気の利いた、男ではなかった。自分でも偽せ札を拵えた覚えはなかった。そういうあやしい者から五円札を受取った記憶もなかった。けれども、物をはねとばさぬばかりのひどい見幕でやって来る憲兵を見ると、自分が罪人になったような動揺を感ぜずにはいられなかった。
憲兵伍長は、腹立てゝいるようなむずかしい顔で、彼の姓名を呼んだ。彼は、心でそのいかめしさに反撥しながら、知らず/\素直におど/\した返事をした。
「そのまゝこっちへ来い。」
下顎骨の長い、獰猛に見える伍長が突っ立ったまゝ云った。
彼は、何故、そっちへ行かねばならないか、訊ねかえそうとした。しかし、うわ手な、罪人を扱うようなものゝ云い方は、変に彼を圧迫した。彼は、ポケットの街の女から貰った眼の大きい写真をかくすことも忘れて、呼ばれるままに事務室へ這入って行った。
陸軍病院で――彼は、そこに勤務していた――毎月一円ずつ強制的に貯金をさせられている。院長の軍医正が、兵卒に貯金をすることを命じたのだ。
俸給が、その時、戦時加俸がついてなんでも、一カ月五円六十銭だった。兵卒はそれだけの金で一カ月の身ざんまいをして行かねばならない。その上、なお一円だけ貯金に、金をとられるのだ。個人的な権限に属することでも、命じられた以上は、他を曲げて実行しなければならないのが兵卒だった。それが兵卒のつとめだ。彼は俸給に受取った五円札をその貯金を出した。そして、ツリに、一円札を四枚、金をまとめて野戦郵便局へ持って行く小使から受取った。その五円札が贋造だったことを局員が発見したのである。