青鬼の褌を洗う女
本文約40,200字 ・ 読了時間 約81分
あらすじ(AIが作成しました)
戦争で母を失い、母の亡骸に言いようのない違和感を抱えながら、虚無的な日々を送る主人公。戦前、母からは「品物」のように扱われ、高価なゴルフ用具を買い与えられたり、交際相手を厳しく制限されたりする息苦しい生活を送っていた。戦後、贅沢を享受しながらも孤独と死を常に意識する彼女は、久須美という男性の寝顔を眺め、彼が何者であっても媚びながら見つめ続けるという、退屈で懐かしい未来に思いを馳せる。
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匂いって何だろう?
私は近頃人の話をきいていても、言葉を鼻で嗅ぐようになった。ああ、そんな匂いかと思う。それだけなのだ。つまり頭でききとめて考えるということがなくなったのだから、匂いというのは、頭がカラッポだということなんだろう。
私は近頃死んだ母が生き返ってきたので恐縮している。私がだんだん母に似てきたのだ。あ、また――私は母を発見するたびにすくんでしまう。
私の母は戦争の時に焼けて死んだ。私たちは元々どうせバラバラの人間なんだから、逃げる時だっていつのまにやらバラバラになるのは自然で、私はもう母と一緒でないということに気がついたときも、はぐれたとも、母はどっちへ逃げたろうとも考えず、ああ、そうかとも思わなかった。つまり、母がいないなという当然さを意識しただけにすぎない。私は元々一人ぽっちだったのだ。
私は上野公園へ逃げて助かったが、二日目だかに人がたくさん死んでるという隅田公園へ行ってみたら、母の死骸にぶつかってしまった。全然焼けていないのだ。腕を曲げて、拳を握って、お乳のところへ二本並べて、体操の形みたいにすくませてもうダメだというように眉根を寄せて目をとじている。生きてた時より顔色が白くなって、おかげで善人になりましたというような顔だった。
気の弱いくせに夥しくチャッカリしていて執念深い女なのだから、焼けて死ぬなら仕方がないけど、窒息なんて、嘘のようで、なんだか気味が悪くて仕方がなかった。あの時から、なんとなく騙されているような気がしていたので、近頃母を発見するたびに、あの時の薄気味悪さを思いだす。