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TORENDIA

侏儒の言葉

本文約29,700字 ・ 読了時間 約60分

あらすじ(AIが作成しました)

宇宙の真理や恋愛における自己欺瞞、道徳の虚偽、芸術家の矜持など、日常の些細な事象から広がる多岐にわたる主題を綴る随筆集である。天文学的な視点から人間の生死や流転を捉え、歴史を動かす要因としての個人の愚昧や、行為を決定づける好悪の感情を考察する。また、作家自身の創作に対する姿勢や、既存の価値観に対する皮肉を交えた独自の哲学を、短い断章の形式で鋭く描き出す。

芥川龍之介

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星

太陽の下に新しきことなしとは古人の道破した言葉である。しかし新しいことのないのは独り太陽の下ばかりではない。

天文学者の説によれば、ヘラクレス星群を発した光は我我の地球へ達するのに三万六千年を要するさうである。が、ヘラクレス星群と雖も、永久に輝いてゐることは出来ない。何時か一度は冷灰のやうに、美しい光を失つてしまふ。のみならず死は何処へ行つても常に生を孕んでゐる。光を失つたヘラクレス星群も無辺の天をさまよふ内に、都合の好い機会を得さへすれば、一団の星雲と変化するであらう。さうすれば又新しい星は続々と其処に生まれるのである。

宇宙の大に比べれば、太陽も一点の燐火に過ぎない。況や我我の地球をやである。しかし遠い宇宙の極、銀河のほとりに起つてゐることも、実はこの泥団の上に起つてゐることと変りはない。生死は運動の方則のもとに、絶えず循環してゐるのである。

さう云ふことを考へると、天上に散在する無数の星にも多少の同情を禁じ得ない。いや、明滅する星の光は我我と同じ感情を表はしてゐるやうにも思はれるのである。この点でも詩人は何ものよりも先に高々と真理をうたひ上げた。

真砂なす数なき星のその中に吾に向ひて光る星あり  しかし星も我我のやうに流転を閲すると云ふことは――兎に角退屈でないことはあるまい。

鼻

クレオパトラの鼻が曲つてゐたとすれば、世界の歴史はその為に一変してゐたかも知れないとは名高いパスカルの警句である。しかし恋人と云ふものは滅多に実相を見るものではない。いや、我我の自己欺瞞は一たび恋愛に陥つたが最後、最も完全に行はれるのである。

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