地獄の使者
本文約75,300字 ・ 読了時間 約151分
あらすじ(AIが作成しました)
探偵の帆村荘六は、友人である新聞記者の土居菊司から、妹の三津子が旗田鶴彌氏殺害の容疑をかけられたという相談を受ける。現場となった邸宅へ赴いた帆村は、独自の観察と推理により、被害者の兄弟である亀之介による遺産相続を巡る巧妙な工作と犯行を暴き出す。冤罪の危機に瀕した三津子の無実を証明し、事件の真相を解明するまでの過程と、助手の八雲千鳥の機転が果たした役割を描く。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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プロローグ
その朝、帆村荘六が食事をすませて、廊下づたいに同じ棟にある探偵事務所の居間へ足を踏み入れたとき、彼を待っていたように、机上の電話のベルが鳴った。
彼は左手の指にはさんでいた紙巻煙草を右手の方へ持ちかえて、受話器をとりあげた。
「ああ、そうです。私は帆村です。……やあ土居君か。どうしたの、一体……分っている、君が事件の中に居るということが……。しかもそれは、新聞記者たる君が仕事の上で補えた事件じゃなくて、君が好まざるにもかかわらずその事件にまきこまれちまったというのだろう。……お喋りはよせって。なるほどねえ。……えッ、君の妹さんが……」
帆村は、すいかけの煙草を急いで灰皿の中へなげこむと、そのかわりに鉛筆をつかんだ。軸の黄色い鉛筆だった。
「そうかなあ、君に妹さんがあったのかねえ。……いや失敬。それは困ったねえ。殺人容疑者としてあげられたとは、ちょっと面倒だね。……もちろん信じるよ、僕は。君の妹さんのことだから、同じように道義にはあついのだろうと……いや皮肉じゃない。よろしい、とにかくそっちへ行こう。十五分とはかかるまい。見附の東側の公衆電話のところだね。じゃあ後はお目にかかって……」
受話器をがちゃりとかけて、帆村はノートした紙片を取上げた。彼は突立ったまま、しばらくその紙の上を眺めていた。そこには鉛筆のいたずら書としか見えない三角形や楕円や串にさした団子のような形や、それらをつなぐもつれた針金のような鉛筆の跡が走りまわっていた。それは帆村独特の略記号であった。それが解読できるのは、帆村自身の外には、彼の助手の八雲千鳥だけだった。
彼は、ものに憑かれたように、五分間というものはその紙面に釘づけになっていた。その揚句に、彼はその紙片を机のまん中にそっと置いた。それから彼の手が忙しくポケットをさぐって、紙巻煙草とライターを取出した。ライターをかちりといわせて、焔を煙草の先に近づけた。ふうっと紫煙が横に伸びる。彼はライターの焔を消そうとして、急にそれをやめた。