悪態の心理
本文約8,600字 ・ 読了時間 約18分
あらすじ(AIが作成しました)
官庁でタイピストとして働く葉村ヨシエと佐原あつ子は、互いの教養や才気を競い合いながら、職場や男性への辛辣な批評を繰り返す親密な関係である。ある春の日、二人は結城秘書官を話題にして議論を交わすが、ヨシエはやがて結城本人と対峙する中で、互いの性格や男性に対する評価を巡る複雑な心理的駆け引きに翻弄されていく。本作は、現代女性の競争心と不安、そして男性との対話を通じて揺れ動く繊細な感情を描く。
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一
葉村ヨシエと佐原あつ子とは、いづれもある官庁の文書課に勤めてゐるタイピストで、二人は採用試験のあつた日にはじめて口をきき、希望がかなつていよいよ役所に顔を出すと、そこでもまたお互に幸運をよろこび合ひ、それ以来まる三年、机を並べて仕事をしてゐる間柄である。
ヨシエの生れは北海道旭川で、父親は林檎と除虫菊の可なり大規模な農園を経営し、彼女が旧制女学校を終へると、東京に出て自分の好きな道へ進むことをゆるした。はじめ、音楽をやるつもりであつたが、家の経済事情が急にわるくなつたため、思ひきつて音楽修業を断念し、タイプライタアを習つて自活する決心をつけたのである。色の白い、からだのひきしまつた、早口となまりで、時々話は聴きとりにくいが、明るい、はづみのある声の持主であつた。
一方、佐原あつ子は、名優某の落し種と自称して憚からぬ女子大卒業生で、時によると、事務官の英語の発音を直してやるほどのおせつかいだが、頼まれたことは決していやと言はず、誘はれれば、誰とでもどこへでも行く闊達自在な娘で、それでゐて、決して浮名を立てたことのないのは、必ずしも容姿風貌が美しすぎるからでも、まづすぎるからでもなく、ただ、妙にその点だけは、信用がおけさうな姐御肌のところがあるからであらう。
年はといへば、ヨシエが今年の三月で満二十五歳、あつ子がこの十一月満二十三歳になつたばかりである。これは誰しも逆ではないかと思ふくらゐ、ヨシエは若くみえ、あつ子はふけてみえる。そこにもまた面白い気性や好みの対照があつて、この二人は、よく一緒に並んで歩き、よく誘ひ合つて屋上へあがり、仲よく笑ひ興じてゐるかと思ふと、急に口角泡を飛ばしかねない議論をおつぱじめるのである。そして、その挙句、二日間、口をきかないでゐて、三日目に、どちらからか、紙ぎれへ「無条件和平を提議す」とか、「面白くないわ」とか、タイプでたたいて、そつと相手の机の上へ投げてやる。