一国民としての希望
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あらすじ(AIが作成しました)
政治や指導者層のあり方、科学教育の理想、国民の意識改革など、当時の日本が抱える課題について著者が一国民の立場から論じる。内閣への期待を表明しつつ、形式主義的な政策発表やジャーナリズムのあり方に疑問を呈し、軍・官・民の真の提携を促す。職業意識や肩書きに過度に縛られる国民性の弊害を指摘し、一人ひとりが自覚と情熱を持って祖国をより良い国へと導くための指針を綴る。
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一
国民の一人一人が今日ほど政治といふものに関心をもつてゐる時代は未だ嘗てないだらうと思ふ。それはもう、被治者としての消極的な関心ではない。国民のすべては、自分たちのなかゝらこの祖国を立派に護り育てる有能な政治家が出ることを痛切に望んでゐるのである。
しかし、何処にどういふ人物がゐるかといふことを国民の大部が知らずにゐたといふのは甚だ迂闊な次第であつた。私もご多分に漏れぬ組であるが、日頃、政治や政治家に興味をもたなかつた酬ひがこゝに現れたのであつて、今更致し方がない。新聞雑誌を通じての俄か仕込みの知識がどれほどあてになるか。新しい内閣ができると、新大臣は例外なく評判がいゝ。それがしばらくたつと、平々凡々といふことになる。しまひには、なぜそんな人物が国政の重任を負つたのか、国民は不思議に思ふのが常である。
もちろん、一国の政治は大臣のみの自由になるわけではないから、大臣になつてどれだけのことができるかは別問題としておくが、今日のやうな時局に、国民は所謂挙国内閣の顔ぶれに期待するところは非常に大きいのである。
殊に、この度の近衛内閣は、新体制といふものゝ樹立がこれと結びついて、国民に固唾を呑ませてゐる。近衛公の人望は、幸ひにして、この異常な空気をさほど暗くないものとすることに成功してゐる。少くとも、日本の現状を憂ふるものにとつて、すべての改革は一応、希望の光りにてらされてゐると云つてよい。
私は国民の一人として、この内閣を全幅的に信用しようと思ふ。
安井内相の談話として、「正しいことを行ふのに張合のある制度を作る」といふ意味のことが新聞に発表されてゐたが、これも私は気に入つた。これは月並な宣言ではない。なかなかよく考へられた言葉である。今日かういふことを云ひ得るだけでも政治家として尊敬に値する。ほんたうにそれができれば、国民はどんなに感謝するかわからない。