芥川賞(第二十回)選評
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あらすじ(AIが作成しました)
第二十回芥川賞の選考過程を振り返り、各候補作品に対する批評を綴る。観念的でありながら時局の問題を正面から捉えた「技術史」への評価を述べるほか、受賞作となった「雁立」についても言及する。作者の純粋な創作態度や芸術性の高さを認める一方で、作中に漂う不安感や生活に対する解釈について率直な私見を記し、若い作家の将来への期待と課題をあわせて論じる。
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私の手許に送られて来た作品は、いづれもなかなか佳いものであつた。そのうちでもいろいろな点からみて、いま特に推奨したいと思つたのは「技術史」であつた。「春」もある意味では面白く、「雁立」は十分に傑れたところは認めるが、これを今日取り立てゝ世間に吹聴しようといふ風には考へなかつた。
「技術史」は観念的と云へば観念的であり、啓蒙的すぎる(文学の本道でないといふ意味)と云へばさうも云へるが、しかし、ともかく、時局の表面に浮び出した専門的で同時に常識的な問題を正面から捉へ技巧上の微妙な困難をある程度征服して、立派に一国民としての感懐を作家の情熱と融合させた才能と努力とを、私は高く評価したく思ふ。
受賞と決定した「雁立」について、その理由を最も適確に語り得るは、遺憾ながら私ではない。しかし、私は選者の一人として、他の多くの選者の意見を必ずしも不当とするものではない。協議の席に列しなかつたから詳しいことはわからぬが、多分、この作品が芸術として最も密度が高く、制作の態度も亦、純粋に作家の魂を感じさせるものだといふ、極めて当然な讃辞を浴びたことゝ思ふ。たしかに、若い俳詩人の将来は私も楽しみだ。ただ「生活」の意味をこの作者はどう解してゐるのか。作品を通じての不安がそこから来るのを私はどうしやうもなかつた。
完