西部劇通信
本文約5,800字 ・ 読了時間 約12分
あらすじ(AIが作成しました)
アメリカ・インディアンの衣装を身に纏い、村で原始的な生活を送る作者とその一団を描く。ある日、その服装を都の最先端の流行だと誤解した村の若者たちが、同じ衣装を強く求めるようになる。作者が困惑する一方で、若者たちの憧れは過熱し、やがてそれは村の青年団の正服にまで制定される。本作は、写真と共に送られた手紙という体裁で、村での風変わりな交流や、日常に溶け込む奇妙な衣装の顛末を綴る。
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(都の友に贈つた手紙)
この写真を御覧――。
一見すると、まさにアメリカ・インデアンの屯所と見られるだらうが、好く好く見ると僕をはぢめいろいろ君の知つてゐる顔であることに気づくだらう。僕等は此処に斯んな小屋がけをしておいて、月の凡そ半分を村の仮宿から此処に移つて奇体な原始生活を営むのだ。
この小屋の傍らには綺麗な小川が流れて居り、この辺一帯は至極日あたりのなだらかな丘なのだ。そして、この丘の向ひ側は森林地帯で、三軒の炭焼小屋があり、その長閑な煙りが絶間もなく此処からでも眺められるのだよ。
それから、ちよいと此の衣裳に就いての話に移らなければならないのだが、村に来てからは或る止むを得ない都合から僕が一着持つてゐた斯んなアメリカ・インデアンの衣裳をつけて僕はそれを外出着にも、平常着にも、仕事着にもして、稀な具合の好さを感じてゐたが、更に斯うして森林に踏み入るに及んで見ると、僕達にとつてこの服装は海底作業家にとつての潜水服と同様なものになつたのである。つい此間の晩も、この焚火を囲んでさまざまな衣裳哲学論に花を咲かせたりしたが、今や僕等はこの衣裳形式に統一されて凡ゆる活動の腕をのばしてゐるのさ。この鳥の羽根のついた冠りなども僕は前にはたゞの伊達な飾りものかと思つてゐたが、斯うして使用して見ると到底口では述べきれぬくらゐに繊細な役立をするのが解つたよ。何事も、あたつて見なければ解らぬな。妙だ。