風媒結婚
本文約6,800字 ・ 読了時間 約14分
あらすじ(AIが作成しました)
望遠鏡製作所に勤める理学士は、展望室で望遠鏡を使い、向かいの高台に住む娘A子の私生活を密かに観察することを日課としている。彼は仕事の合間に娘の父親が営む診療所へ通い、娘の周辺や彼女を取り巻く環境を覗き見ることに執着する。本作は、望遠鏡を通じて他人の生活を執拗に観察し、孤独な部屋で独自の結婚の夢を育む青年の奇妙な日常と、その精神の変転を描く。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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或る理学士のノートから――
一
この望遠鏡製作所に勤めて、もう半年あまり経ち、飽性である僕の性質を知つてゐる友人連は、あいつにしては珍らしい、あの朝寝坊がきちん/\と朝は七時に起き、夕方までの勤めを怠りなくはたして益々愉快さうである、加けに勤めを口実にして俺達飲仲間からはすつかり遠ざかつて、まるで孤独の生活を繰返してゐるが、好くもあんなに辛抱が出来たものだ――などゝ不思議がり、若しかすると、あいつ秘かに恋人でも出来て結婚の準備でもしてゐるのかも知れない――そんな噂もあるさうだが――そんなことは何うでも構はない。
兎も角僕は、この勤めは至極愉快だ。
僕は、Girl shy といふ綽名を持つてゐるが、近頃思ひ返して見ると僕のそれは益々奇道に反れて――これは何うも、変質者と称んだ方が適当かも知れない。恥しい話だ。
こんな秘かな享楽は、他言はしないことにしよう。
二
製作所の屋上に展望室と称する一部屋があつて、これが僕の仕事場である。僕は此処で終日既成品の試験をするために、次々の眼鏡を取りあげて四囲の景色を眺めてゐるわけである。楽器製作所の試音係と同様の立場である。四畳半程の広さをもつた展望室には、僕を長として一人の少年給仕が控へてゐるだけである。
朝九時――僕は窓を展き、仕事椅子に凭つて、A子の部屋を観る。電車通りを越した向ひ側の高台にあるさゝやかな洋館の二階であるが、一間先きに眼近く観ることが出来るのだ。勿論向うでは、此処に斯んな図々しい展望者が居て、厭な眼を輝かせてゐるなどゝいふことは夢にも知らない。