本文へ移動
TORENDIA

安吾の新日本地理

本文約14,100字 ・ 読了時間 約29分

あらすじ(AIが作成しました)

元旦に飛行機で伊勢を訪れた著者が、航空旅行という新たな移動手段の体験とともに、戦災の爪痕を残す宇治山田の市街や、民家に掲げられた蘇民将来子孫の札、松阪牛の味など、伊勢路の風景や人々の営みについて綴る。皇居前で見た民衆のエネルギーから神国の伝承まで、土地の謎や歴史的背景を考察し、特に海とともに生きる古来からの海人たちの生活に深い関心を寄せる紀行文である。

坂口安吾

🎧 まだ音声版はありません

リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 20

この元日に飛行機にのった。三月ごろから内地に航空路ができるについて読売新聞で試験飛行をやった。それに乗ったのである。ノースウエスト航空会社のDC四型という四発機。四千五百メートルぐらいの高度で大阪まで往復したのだが、戦前までの航空旅行の概念とはよほど違っている。煖房は完備しているし、どういう仕掛だか空気は常に室内に充満しているし、雲海の上へでるとアスファルトの路上を高級自動車で走るよりも動揺がないし、プロペラの音に妨げられずに会話ができるし、両耳へ無電かなんかの管をはめこんだ飛行士はタバコを吸いチューインガムをかみ談笑しながらノンビリ運転しているし、人間の深刻な動作や表情を全く必要としない機械や計器が完備しているらしい。障害物がないだけ自動車よりも面倒がいらないという感じで、不安というものは感じられない。読売新聞社のビラを空からまくために六百メートルの低空で東京の上空を二周したが、この時だけは参った。図体の大きな飛行機が窮屈そうに身をかしげて、甚しい緩速で旋回飛行をやるというのが無理なんだね。エレベーターの沈下するショックが間断なくつづき、今にも失速して落ちるかと思うこと頻りである。大阪まで一時間で飛ぶ飛行機が、わざわざ二十何分もかかって東京を二周したのだから。三分もたつと、みんな顔面蒼白となり、言葉を失ってノビたのである。この航空旅行ができることによって、私も日本地理を書くことになったが、したがって航空旅行ができるまでは、遠方を飛び歩くことができない。

元日の午前十時に丸ビルのノースウエスト航空会社へ集合することになっていた。伊東に住む私は前日から小石川の「モミヂ」に泊りこみ、増淵四段と碁をうって大晦日を送るという平穏風流な越年ぶり。

坂口安吾の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本