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TORENDIA

安吾の新日本地理

本文約15,900字 ・ 読了時間 約32分

あらすじ(AIが作成しました)

紀伊半島や吉野を巡る旅を通じ、古代からの道である山の辺の道や飛鳥の地、大和の古墳群に残る神話と歴史の相克を考察する。交通文明から隔絶された山岳地帯に息づく伝承や、記紀の記述に潜む史家の作為について持論を展開する。神聖視される天皇や古代の豪族の実像を現代の政治的視点と対比させつつ、過去と現在が交錯する大和の地で、土地の記憶と人々の生活の断片を綴る。

坂口安吾

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海を見たことがないという山奥の子供でも汽車や自動車は見なれているという文化交通時代であるが、紀伊半島を一周する汽車線はいまだに完成していない。また、紀州の南端から大台ヶ原を通って吉野へ現れるには、どうしても数日テクる以外に手がないのである。吉野の入口から自動車にのると上の千本までしか登れない。奥の千本へ行くにもテクらなければダメなんだから、大峰山や大台ヶ原は今もって鏡花先生の高野聖時代さ。交通文明というものに完璧に見すてられている山また山の難路なのである。ところが昔の神々は目のつけ場所がちがう。ここが日本で一番早くひらけていた交通路の一ツなんだね。

神武天皇が熊野に上陸して最初に辿ったコースがこれだ。そのころの日本人の生活はどんなグアイかというと、当時の日本の王様、大国主だかその子孫だか誰だか知れんが、その王様のいたミヤコがたぶん今の奈良県三輪らしいね。今はそこに大神神社があって大国主を祀っているが、この神社は拝殿があるだけで本殿はなく、否、建築としての本殿はないが、三輪山という四百五十米ぐらいの姿の美しい山全体が本殿であり御神体なのである。山上や中腹に巨石がルイルイとあるそうだ。

三輪から山の辺に沿うて盆地を北上すると天理教の丹波市から奈良へと平野がつづいている。南に向ってはウネビ、耳成、天ノ香具山の大和三山にかこまれた平地があって飛鳥の地があり、そこから山岳になって吉野へ熊野へと通じるわけだ。東の方へは初瀬から宇陀、伊賀を越えて伊勢路へ通じ、西の方へは二上山を経て河内、大阪方面へ通じている。三輪のミヤコをまン中に、交通は四通八達していたらしい。これを古に「山の辺の道」と云い、古記にも、崇神天皇には「御陵ハ山辺道ノ勾之岡ノ上ニアリ」とあり、景行天皇には「御陵ハ山辺之道ノ上ニアリ」とある。

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