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TORENDIA

お灸

本文約1,600字 ・ 読了時間 約4分

あらすじ(AIが作成しました)

お灸を好む祖母のもとで、幼い頃から強制的に灸をすえられ続けた著者の体験と、震災後に大人となってから再び灸を経験した際の心境を綴る。逃げ場のない幼少期の苦痛と、父が案じた身体への想い、そして成人後に接した他者による無遠慮な施術との対比を通じて、肉体を焼く火への感覚や、自分自身を律する心へのお灸のあり方について思索を深めていく。

長谷川時雨

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🎧 お灸 / 朗読音声: VOICEVOX:九州そら

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お灸ずきの祖母が日に二三度づつお灸をすゑる。もの心覺えてから灸點の役が、いつかあたしの仕事になつてゐた。五百丁の巴もぐさをホグして、祖母の背中の方へると、小さい燭臺へ蝋燭をたて、その火をお線香にうつして、まづ第一のお灸を線香でつらぬき、口の中でブツブツ言つて、體中を手早く御祈祷するやうな手附きをした。いづれなんとか文句があつたのであらうが、おそはつた時から忘れてゐるのだ。祖母が沈香をもつてゐたのと、指をやけどしたりすると、チチンカンプンと口で吹きながらいつたのとを、ごつちやにして、なんでも、

沈香御祈祷、チチンカンプン、チチンカンプンとごまかしたやうだつた。

その祖母が、自分が灸ずきなのばかりではなく、あたしにも日に二三度すゑなければ承知しなかつた。弱いからといつて――お行儀が惡いからといつて――ハイと言はなかつたからといつて――

だが、あたしの弱かつたのはお灸のせゐだと今では思つてゐる。なぜならば、膏汗と精根を五ツ六ツのころから絞りつくしてゐるのだ。ごめんなさいといつたからとて許してくれるものではない、泣けば泣くだけ多くすゑられる。逃げればいよいよ惡化する。跳ねかへさうとすれば、母の大きな肥えた體が、澤庵漬のやうに細つこいあたしの上に乘つて、ピシヤンコにつぶしてしまふ。まつたく或時は、涙とよだれと鼻と汗で、平べつたくなつてしまつて起きあがられない事もあつた。そんな時は圖々しいといつて、短氣な母の平打ちがピシヤリピシヤリと來て、惡くするとも一度熱い目にあはされたりした。そして、その祖母といふ女と、母といふ女と、二人の年長者は言つた。

「家の子は仕置きがきいておとなしい、それにどうやら體も丈夫になつた。」

子供たちは支那金魚の目玉のやうに、灸のあとのフクレたのを見て悲しみあつた。ホテつて痛むこともあつた。ことにあたしはそれがひどかつた。兩方の人差指の根もと、足の中指の根もと、おへその兩ワキのは動くので燒けあとが大きかつた。背中は八ツ目鰻の目のやうだといはれた。

父はよく悲しがつて女の人たちに言つてゐた。

「肩だけへはすゑてくれるな。洋服を着たときに困る」

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